الثلاثاء، 3 سبتمبر 2019

الأستاذ العلامة ، شيخ الإسلام ، أبو حامد بن أحمد الإسفراييني

الأستاذ العلامة ، شيخ الإسلام ، أبو حامد ، أحمد بن أبي طاهر محمد بن أحمد الإسفراييني ، شيخ الشافعية ببغداد .

ولد سنة أربع وأربعين وثلاثمائة .

وقدم بغداد وله عشرون سنة ، فتفقه على أبي الحسن بن المرزبان ، وأبي القاسم الداركي . وبرع في المذهب ، وأربى على المتقدمين ، وعظم جاهه عند الملوك .

حدث عن : عبد الله بن عدي ، وأبي بكر الإسماعيلي ، وسمع " السنن " من الدارقطني .

حدث عنه تلامذته أقضى القضاة أبو الحسن الماوردي والفقيه سليم الرازي ، وأبو علي السنجي ، وأبو الحسن المحاملي وآخرون .

قال الشيخ أبو إسحاق في " الطبقات " : انتهت إليه رئاسة الدين والدنيا ببغداد ، وعلق عنه تعاليق في شرح المزني ، وطبق الأرض بالأصحاب ، وجمع مجلسه ثلاثمائة متفقه .

وقال الشيخ محيي الدين النواوي : تعليقة الشيخ أبي حامد في نحو من خمسين مجلدا ، ذكر فيها مذاهب العلماء ، وبسط أدلتها والجواب عنها ، تفقه عليه جماعة منهم : أبو علي السنجي ، وقد تفقه السنجي على القفال أيضا ، وهما شيخا طريقتي العراق وخراسان ، وعنهما انتشر المذهب . [ ص: 195 ]

قال الخطيب حدثونا عن أبي حامد ، وكان ثقة ، حضرت تدريسه في مسجد ابن المبارك ، وسمعت من يذكر أنه كان يحضر درسه سبعمائة فقيه ، وكان الناس يقولون : لو رآه الشافعي لفرح به .

قال الخطيب وحدثني أبو إسحاق الشيرازي قال : سألت القاضي أبا عبد الله الصيمري : من أنظر من رأيت من الفقهاء ؟ فقال : أبو حامد الإسفراييني .

قال أبو حيان التوحيدي في رسالة له : سمعت الشيخ أبا حامد يقول لطاهر العباداني : لا تعلق كثيرا مما تسمع هنا في مجالس الجدل ، فإن الكلام يجري فيها على ختل الخصم ومغالطته ودفعه ومغالبته ، فلسنا نتكلم لوجه الله خالصا ، ولو أردنا ، لكان خطونا إلى الصمت أسرع من تطاولنا في الكلام ، وإن كنا في كثير من هذا نبوء بغضب الله ، فإنا نطمع في سعة رحمة الله .

قلت : أبو حيان غير معتمد .

قال ابن الصلاح : وعلى الشيخ أبي حامد تأول بعض العلماء حديث : إن الله يبعث لهذه الأمة على رأس كل مائة سنة من يجدد لها دينها فكان الشافعي على رأس المائتين ، وابن سريج على رأس الثلاثمائة ، وأبو حامد على رأس الأربعمائة . [ ص: 196 ]

وروي عن سليم الرازي قال : كان أبو حامد في أول أمره يحرس في درب ، وكان يطالع على زيت الحرس وإنه أفتى وهو ابن سبع عشرة سنة .

قال الخطيب مات أبو حامد في شوال ، سنة ست وأربعمائة ، وكان يوما مشهودا ، ودفن في داره ، ثم نقل بعد أربع سنين ، ودفن بباب حرب - رحمه الله .

ومات معه باديس بن منصور الحميري ، صاحب المغرب ، وشيخ الصوفية أبو علي الدقاق وأبو القاسم الحسن بن محمد بن حبيب المفسر ، وحمزة بن عبد العزيز المهلبي وشيخ مكة عبيد الله بن محمد السقطي وشيخ بغداد أبو أحمد بن أبي مسلم الفرضي وأبو الفرج عثمان بن أحمد البرجي بأصبهان ، وشيخ المتكلمين أبو بكر بن فورك . [ ص: 197 ]

أخبرنا عبد الحافظ بن بدران ، أخبرنا عبد الله بن أحمد الفقيه ، أخبرنا إلياس بن أحمد ، أخبرنا حمزة بن كروس ، أخبرنا الفقيه نصر بن إبراهيم ، حدثنا سليم بن أيوب ، حدثنا أبو حامد أحمد بن أبي طاهر ، حدثنا أبو إسحاق إبراهيم بن محمد الشعراني ، حدثنا الحسن بن سفيان ، حدثنا حبان بن موسى ، حدثنا ابن المبارك ، عن كهمس ، عن ابن بريدة ، عن يحيى بن يعمر قال : ظهر هاهنا معبد الجهني ، وهو أول من قال في القدر هاهنا ، وذكر الحديث .

قصة إسلام صهيب الرومي

قصة إسلام صهيب الرومي


الحمد لله والصلاة والسلام على رسول الله وعلى آله وصحبه، أما بعـد:



فقد ذكرالذهبيفي سير أعلام النبلاء عنعمار بن ياسرأنه قال:لقيت صهيبا على باب دار الأرقم وفيها رسول الله صلى الله عليه وسلم، فدخلنا فعرض علينا الإسلام، فأسلمنا ثم مكثنا يوما على ذلك حتى أمسينا فخرجنا ونحن مستخفون.



وذكرالذهبيأنصهيباكان في قوم من المسلمين يعذبهم المشركون بسبب الإسلام، وأن الكفار ألبسوهم أدراع الحديد وصهروهم في الشمس حتى بلغ الجهد منهم كل مبلغ، فأعطوهم ما سألوا يعني التلفظ بالكفر فجاء كل رجل قومه بأنطاع فيها الماء فألقوهم فيها إلا بلالا، وأنه نزل فيهم قوله تعالى:ثُمَّ إِنَّ رَبَّكَ لِلَّذِينَ هَاجَرُوا مِنْ بَعْدِ مَا فُتِنُوا ثُمَّ جَاهَدُوا وَصَبَرُوا إِنَّ رَبَّكَ مِنْ بَعْدِهَا لَغَفُورٌ رَحِيمٌ{النحل:110}



وقد ذكرابنحجرفي الإصابة أنه لما هاجر تبعه نفر من المشركين فسئل فقال يا معشر قريش إني من أرماكم ولا تصلون إلي حتى أرميكم بكل سهم معي ثم أضربكم بسيفي، فإن كنتم تريدون مالي دللتكم عليه، فرضوا فعاهدهم ودلهم، فرجعوا فأخذوا ماله، فلما جاء إلى النبي صلى الله عليه وسلم قال له: ربح البيع. فأنزل الله عز وجل:وَمِنَ النَّاسِ مَنْ يَشْرِي نَفْسَهُ ابْتِغَاءَ مَرْضَاتِ اللَّهِ{البقرة: 207}وروى ذلكابن سعد.



وقالابن حجر:وروى الحميدي والطبراني من حديث صهيب من طريق الستة عنه قال: لم يشهدرسول الله صلى الله عليه وسلم مشهدا قط إلا كنت حاضره، ولم يبايع بيعة إلا كنت حاضرها، ولم يسر سرية قط إلا كنت حاضرها، ولا غزا غزاة إلا كنت فيها عن يمينه أو شماله، وما خافوا أمامهم قط إلا كنت أمامهم، ولا ما وراءهم إلا كنت وراءهم، وما جعلت رسول الله صلى الله عليه وسلمبيني وبين العدو قط حتى توفي.

والله أعلم.

週刊ポスト

『週刊ポスト』(しゅうかんポスト)は、小学館から発行されている総合週刊誌である。発行部数34.6万部は週刊現代に次いで業界第4位
概要
毎週月曜日発売(一部地域では火曜日、水曜日に発売。日曜日に前倒して発売する地域もある)。
『ボーイズライフ』を吸収する形で1969年8月22日創刊。小説家デビュー前の佐藤雅美が記者として関わっていた。
『週刊現代』同様、30代から40代の男性サラリーマンを主な読者層としている。なお、『ボーイズライフ』の時代は中高生が主たる読者層だったが、それを方向転換し、一般向けのゴシップ誌として生まれ変わったものである。
実売部数は、1988年から1991年の4年間、及び1994年から2003年の10年間で、それぞれ、日本国内で発行・販売されている総合週刊誌の中で最も多く売り上げたことがある[2]。しかし、2004年度には約80万部に落ち込み、実売部数トップの座を『週刊文春』に明け渡した。その後も実売部数の落ち込みが続き、2008年度上期には30万6010部に[3]、2008年度下期には29万7120部にまで落ちた[4]。
創刊以来、長年にわたって女優や女性タレントを表紙にしてきたが、2016年1月から、ライバルの『週刊現代』に準拠する形の“見出し形式”の表紙にリニューアルした。
特徴
近年における格差拡大について批判的であり、それを推し進めたとされる日本経団連および時の会長・御手洗冨士夫(キヤノン会長)を批判する旨の記事を多数掲載している[5]。
2004年6月に、ヘアヌード写真の掲載を原則として取りやめる旨発表した。
時々、テレビのやらせを告発する記事も掲載している。
かつて、『ポストネット』という名で、パソコン通信を行っていた時期もあった。
ちなみに「週刊ポスト」の雑誌としての商標権はライオン(株)が持っている(商標登録番号第942495号)。
歴代編集長
野口晴男
関根進
飯田昌宏
三井直也
飯田昌宏
主なスクープ記事、不祥事等
黒い霧事件で永易将之の独占告白を掲載。これが池永正明の野球界永久追放につながった。
湯口敏彦投手の死亡を『自殺』と結論づけ、湯口事件として告発記事を掲載した。
1980年代に、武田頼政による「角界浄化スクープ」と題する大相撲の八百長を告発する記事を掲載、日本相撲協会と訴訟合戦になっていた。のち2011年2月、大相撲八百長問題が発覚する。
2000年2月4日号掲載の清原和博選手に対する記事「やっぱり!虎の穴自主トレ清原が『金髪ストリップ通い』目撃」については、東京地裁で当時としては最高の1千万円の損害賠償金を支払うよう命令された[6](その後、東京高裁で600万円に減額)[7]。
※この記事を書いたのは、堀江メール問題を引き起こし、民主党の永田寿康議員から名指しされた西澤孝である。それゆえにこの事件において『ポスト』は、他の雑誌に先駆けて武部勤自民党幹事長を擁護した。同時期に耐震偽装問題が起こっており、この西澤が民主党に一部、偽装問題の情報を提供していたのではとの噂もあったほど話題となった。
自衛隊イラク派遣について時の首相・小泉純一郎とイラクの民主化活動家男性が会談した際に、男性の属する部族が日本政府から100億円供与を受けて安全を確約した旨報じ、男性から“反対したのに逆の事を書かれた”と名誉毀損で提訴される。2006年12月敗訴、440万円の賠償とウェブ版からの記事削除を命じられる。
2004年7月23日号「やらせスクープ撮 白骨温泉は着色されていた!」で、温泉偽装問題を告発。のちに大手メディアが後追い。この報道により、2005年の『編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞』を受賞した。
2006年8月26日号「6千万円被害者が激怒告白『私はあの有名女子アナに騙された!』」を、採り上げられた日下千帆から“詐欺行為には関与しておらず事実無根”として名誉毀損で提訴される。2007年10月19日敗訴、165万円の賠償命令。
2006年11月17日号「受動喫煙は子供の発がん率を低下させる」との特集記事を掲載したが、その論拠が問題論文であったことから、2006年12月9日号の週刊現代において「誤報」との批判が行われている。
詳細はエンストローム論文を参照。
2006年12月22日号に「本間正明税調会長 『愛人と官舎同棲』をスクープ撮」を掲載。現職の政府税調会長を辞任に追い込んだ。
2010年5月7・14日合併号で「<驚愕スクープ>不自然な『バンデージの封印』を徹底追及 亀田興毅 内藤戦『疑惑の拳』告発写真」という記事を掲載。亀田から名誉毀損で東京地裁に提訴される。2012年3月27日、300万円の賠償命令。
2012年1月1・6日号からスタートした佐野眞一による連載「化城の人 池田大作と創価学会の80年」(同年6月に第1部が終了し、その後連載休止中)について、当時の東京都副知事・猪瀬直樹のTwitter(「量が多すぎてツイッター向きでない、苦笑。」)をきっかけに、盗用・剽窃疑惑が持ち挙がった。ガジェット通信による検証記事は、同連載の第1回で、よりによって「敵方」ともいうべき潮出版社のフォトエッセイ集『創価教育の源流 牧口常三郎』から10ヵ所もの盗用があったとしている。
2012年8月17・24日合併号において、大阪維新の会が次期衆院選での候補者養成目的で作成している「維新政治塾」の全塾生888名分の名簿(氏名・職業・性別・年齢など)が流出・掲載された。これに関して代表・橋下徹は塾生向けに謝罪。名簿は維新の会の限られた人物しか閲覧できず、流出は内部の人間が行なったことと見て、大阪維新の会で調査が進められた。他のマスメディアが、橋下徹に対して「被害届は出さないのか」との質問には「罪名が見当たらない」と答え、被害届は出さなかった。
2015年5月22日号で、「『大阪都構想』のデメリットについて明確な論拠を提示できていない」と反対派を糾弾する一方、「公選の区長らの競争が生まれ逆にサービス向上につながる」とする都構想に賛成寄りのコメントを掲載して大阪維新の会を擁護した。
2015年5月29日号(2015年5月18日発売)にて、「 〈政権中枢大激震〉菅官房長官に流れた「日歯連マネー」3000万円重大疑惑スッパ抜く 」の記事と同一ページに日本財団が出稿した日本歯科医師会協賛TOOTH FAIRYプロジェクトの広告を掲載、電通及び小学館が謝罪することとなった[8]。
2016年2月1日号で、TBSテレビアナウンサーの小林悠の交際記事「TBS小林悠アナ 超セレブ男性とホテルで密着の現場撮」を掲載。TBSテレビの報道番組「NEWS23」で、膳場貴子の後任になることが決まっていた小林が、TBSテレビを依願退職した。
連載記事
メタルカラーの時代(山根一眞、1991 - 2007年)
逆説の日本史(井沢元彦、1992年 - )
綾小路きみまろ「夫婦のゲキジョー」(綾小路きみまろ、2008年 - )
漫画作品
連載中

やくみつるのマナ板紳士録(やくみつる)
ドキドキの時間(とみさわ千夏)
過去に連載された作品

影狩り(さいとう・たかを)
時計仕掛けのりんご(手塚治虫)
減点パパ(古谷三敏)
GOGO虎エ門(高橋春男)
花の係長(園山俊二)
新・子連れ狼(原作:小池一夫 作画:森秀樹 作画原案:小島剛夕)
弐十手物語(原作:小池一夫 作画:神江里見)
票田のトラクターシリーズ(原作:ケニー鍋島 作画:前川つかさ 第1部に相当する『票田のトラクター』はビッグコミックオリジナル連載)
新・票田のトラクター
票田のトラクター五輪見参
×一(バツイチ) 〜愛を探して〜(作画:国友やすゆき 原案協力:色山好蔵)
リストラ探偵アカハナ
教祖タカハシ(ジョージ秋山)
時男〜愛は時空を超えて〜(国友やすゆき)

礼真琴

礼 真琴(れい まこと、12月2日[1] - )は、宝塚歌劇団星組に所属する男役。次期星組トップスター[2]。

東京都江戸川区[1]、東海大学付属浦安高等学校出身[1]。身長170cm[1]。血液型O型[3]。愛称は「まこっつあん」、「こと」、「こっちゃん」
来歴
2007年4月、宝塚音楽学校入学。

2009年3月、宝塚歌劇団に95期生として首席入団。宙組公演「薔薇に降る雨/Amour それは…」で初舞台。その後、星組に配属。

2012年、ショー「Étoile de TAKARAZUKA」新人公演で、真風涼帆らと共に主演パート(本役:柚希礼音)の一部を務める。

2013年、2度目の出演となる「ロミオとジュリエット」で、新人公演初主演。

2014年、「かもめ」で、バウホール公演初主演。同年、全国ツアー公演「風と共に去りぬ」で、ヒロインのスカーレット・オハラを演じる。

2015年、柚希礼音・夢咲ねねトップコンビ退団公演となる「黒豹の如く」で、3度目の新人公演主演。同年、北翔海莉・妃海風大劇場お披露目となる「ガイズ&ドールズ」で、再び女役アデレイドを演じる。

2016年、「鈴蘭」で、2度目のバウホール公演主演。続く「こうもり/THE ENTERTAINER!」より、星組3番手となる[4]。

2017年、紅ゆずる・綺咲愛里大劇場お披露目となる「THE SCARLET PIMPERNEL」で、敵役ショーヴランを演じ、新生星組の2番手となる[5]。続く「阿弖流為-ATERUI-」(ドラマシティ・日本青年館公演)で、外部劇場初主演[6]。

2019年、「アルジェの男/ESTRELLAS~星たち~」で全国ツアー公演初主演[7]。同年10月14日付で、紅ゆずるの後任として星組トップスターに就任予定[2]。相手役に舞空瞳を迎え、「ロックオペラ モーツァルト」(梅田芸術劇場・東京建物Brillia HALL公演)で、トップコンビお披露目予定[8]。

2020年、「眩耀の谷〜舞い降りた新星〜/Ray -星の光線-」で大劇場トップコンビお披露目予定。

人物
音楽学校入学前に、子役として映画や舞台に出演したことがある[9]。

父親は元サッカー日本代表の浅野哲也[10]。

友人に誘われ、小学校高学年の頃からバレエ教室に通い始める[9]。

初めて観た宝塚歌劇の公演は星組公演「龍星」[3]。

当時、宝塚星組2番手の柚希礼音の舞台姿を観て、一緒に舞台に立ちたいと思い、宝塚を目指すようになった[3]。

芸名は、尊敬する柚希礼音から「礼」の字をもらった[9]。

主な舞台
初舞台
2009年4月~5月、宙組『薔薇に降る雨/Amour それは…』(宝塚大劇場のみ)
星組時代
2009年6月~8月、『太王四神記 Ver.II-新たなる王の旅立ち-』
2010年1月~3月、『ハプスブルクの宝剣/BOLERO -ある愛-』新人公演:侍従長ヨハン(本役:夏樹れい)/急使(本役:漣レイラ)/サムソン(本役:麻央侑希)
2010年4月~5月、『激情-ホセとカルメン-/BOLERO -ある愛-』(全国ツアー)
2010年7月~8月、『ロミオとジュリエット』(梅田芸術劇場・博多座)愛
2010年10月~12月、『宝塚花の踊り絵巻 -秋の踊り-/愛と青春の旅だち』新人公演:ウォルター(本役:如月蓮)
2011年1月~2月、『メイちゃんの執事 -私の命に代えてお守りします-』(バウ・日本青年館)大門
2011年4月~7月、『ノバ・ボサ・ノバ-盗まれたカルナバル-/めぐり会いは再び-My only shinin' star-』ビーナス、新人公演:ルーア神父(本役:涼紫央)
2011年8月~9月、『ノバ・ボサ・ノバ-盗まれたカルナバル-/めぐり会いは再び-My only shinin' star-』(博多座・中日劇場)ビーナス、代役:ボールソ[注釈 1]
2011年11月~2012年2月、『オーシャンズ11』マイク、新人公演:ライナス・コールドウェル(本役:真風涼帆)
2012年3月~4月、柚希礼音スペシャル・ライブ『REON!!』(シアタードラマシティ・日本青年館)
2012年5月~8月、『ダンサ セレナータ/Celebrity-セレブリティ-』ミゲル、新人公演:アンジェロ(本役:十輝いりす)
2012年9月、『琥珀色の雨にぬれて/Celebrity-セレブリティ-』(全国ツアー)ローラン
2012年11月~2013年2月、『宝塚ジャポニズム~序破急~』『めぐり会いは再び 2nd~Star Bride~』ルーチェ、新人公演:フォーマルハウト(本役:美稀千種)『Étoile de TAKARAZUKA』ヴァルゴオムA、プティタミ、新人公演:エトワールオム(歌手)、ヴァルゴオムA(本役:十輝いりす)、アルデバラン(本役:真風涼帆)、スコルピオ、ロワ・ド・エトワール(本役:柚希礼音)
2013年3月~4月、『宝塚ジャポニズム~序破急~/怪盗楚留香外伝-花盗人-/Étoile de TAKARAZUKA』(中日劇場・台北国家戯劇院)石繍雲
2013年5月~8月、『ロミオとジュリエット』ベンヴォーリオ(紅ゆずると役替わり)、愛(鶴美舞夕と役替わり)、新人公演:ロミオ(本役:柚希礼音)*新人公演初主演
2013年9月~10月、柚希礼音スペシャル・ライブ『REON!!Ⅱ』(東京国際フォーラム・博多座)
2014年1月~3月、『眠らない男・ナポレオン-愛と栄光の涯に-』ウジェーヌ、新人公演:ナポレオン(本役:柚希礼音)*新人公演主演
2014年5月~6月、『かもめ』(バウホール)トレープレフ *バウ初主演
2014年7月~10月、『The Lost Glory-美しき幻影-/パッショネイト宝塚!』パット・ボローニャ、新人公演:イヴァーノ・リッチ(本役:柚希礼音)
2014年11月~12月、『風と共に去りぬ』(全国ツアー)スカーレット・オハラ *全国ツアー初ヒロイン
2015年2月~5月、『黒豹の如く/Dear DIAMOND!!-101カラットの永遠の輝き-』マルセリーノ・フェデリコ、新人公演:アントニオ・デ・オダリス伯爵(本役:柚希礼音)*新人公演主演
2015年6月~7月、『大海賊-復讐のカリブ海-/Amour それは…』(全国ツアー)キッド
2015年8月~11月、『ガイズ&ドールズ』アデレイド
2016年1月、『鈴蘭ル・ミュゲ-思い出の淵から見えるものは-』(バウホール)リュシアン *バウ主演 
2016年3月~6月、『こうもり…こうもり博士の愉快な復讐劇…/THE ENTERTAINER!』アルフレード
2016年7月、『歌声をひとつに… One Voice』(バウホール)
2016年8月~11月、『桜華に舞え-SAMURAI The FINAL-/ロマンス!!(Romance)』八木永輝  
2017年1月、『オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-』(東京国際フォーラム)ムケーシュ
2017年3月~6月、『THE SCARLET PIMPERNEL』ショーヴラン
2017年7月~8月、『阿弖流為-ATERUI-』(シアタードラマシティ・日本青年館)阿弖流為 *東上初主演
2017年9月~12月、『ベルリン、わが愛/Bouquet de TAKARAZUKA』エーリッヒ・ケストナー
2018年4月~7月、『ANOTHER WORLD/Killer Rouge』徳三郎
2018年8月~11月、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀/Killer Rouge/星秀☆煌紅』(梅田芸術劇場・日本青年館・台北国家戯劇院・高雄至徳堂)捲殘雲
2019年1月〜3月、『霧深きエルベのほとり/ESTRELLAS~星たち~』フロリアン・ザイデル
2019年5月、『アルジェの男/ESTRELLAS~星たち~』(全国ツアー)ジュリアン・クレール *全国ツアー初主演
2019年7月〜10月、『GOD OF STARS-食聖-/Éclair Brillant』リー・ロンロン
出演イベント
2011年9月、涼紫央ディナーショー「0〜Love〜」
2011年12月、「タカラヅカスペシャル2011~明日に架ける夢~」(コーラス)
2014年10月、「演劇人祭 特別篇」(外部出演)
2014年12月、「タカラヅカスペシャル2014-Thank you for 100 years-」
2015年3月、夢咲ねねミュージック・サロン「N-style」
2015年12月、「タカラヅカスペシャル2015-New Century,Next Dream-」
2016年10月、妃海風ミュージック・サロン「Princesa!!」
2016年12月、「タカラヅカスペシャル2016~Music Succession to Next~」
2017年10月、第54回「宝塚舞踊会」
2018年2月、礼真琴ディナーショー「MOMENT」
2018年12月、「タカラヅカスペシャル2018 Say!Hey!Show Up!!」
2019年10月、第55回「宝塚舞踊会」※予定
2019年12月、「タカラヅカスペシャル2019-Beautiful Harmony-」※予定
CM出演
2015年7月-、菓匠三全「萩の月」

آي فون 7

آيفون 7 (بالإنجليزية:iPhone 7) هو النسخة السابعة لأجهزة الأيفون التابعة لشركة آبل ولقد تم الإعلان عن الجهاز في 9 سبتمبر 2016 وتم طرحه في الأسواق في 16 سبتمبر 2016، تم تطويره عن أيفون 6 بنسبة 40% مع مميزات تفوق الجهاز السابق، تم إزالة مدخل السماعة الخارجي ودمجه مع فتحة الشاحن، عند تمرير الجهاز ورفعه تضيء الشاشة، زر الـHome لمس ولا يضغط كالنسخ السابقة، مع أحد المميزات الحديثة التي تقدمها شركة آبل والتي تعطي أحساس النقر على الزر في حين عدم وجود نقر فعلي. تم بيع أكثر من 5 مليون جهاز خلال اليومان الأولى للإصدار.
إصدار آي فون 7 بلس
الخصائص
يأتي آي فون 7 بلسب 3 جيجا على مستوى الرام ونظام تشغيل آي أو إس 10.3.2 كما انه رباعي النواة بتردد 2.3 جيجا هيرتز كما يتوفر على سماعات ستيريو، في حين أن كاميرا الآي فون 7 بلس الأمامية نتميز بدقة عالية نسبيا تصل إلى 7 ميجا بيكسل وبفتحة عدسة 2.2 أما الخلفية فتحتوي على كاميرتين بدقة 12 ميجا بيكسل، لكن الكاميرا الاولى بفتحة عدسة 1.8 فقط والثانية 2.2. كما أن آي فون 7 بلس أتى  مقاوم للماء بشهادة ip67 بمعنى أنه مقاوم للغبار وللماء بعمق متر لمدة نصف ساعة كما أن بطاريته تحتوي على 2900 مل أمبير ولا يدعم الشحن السريع واللاسلكي، في حيت أن السعة التخزينية تختلف من هاتف لآخر وذلك ما بين 32/128/256 جيجا بايت، كما ان شاشته تاتى بمقاس 5.5 إنش بكثافة بيكسلات 401 بيكسل لكل إنش ويأتى بميزة 3D تاتش كما أن طوله يصل إلى 15.82 سم وعرض يبلغ 7.79 سم وسماكة 7.3 مم

大友花恋

大友 花恋(おおとも かれん、1999年10月9日 - )は、日本の女優、ファッションモデル、タレント。

群馬県高崎市出身[1]。研音所属
略歴
雑誌の読者モデルに自ら応募。小学6年生の時に「もっとやりたい!」と母に相談する。母が探してくれたオーディションを1度きりという約束で受けたところ見事合格し、研音に入る[2][3]。

2012年、ドラマ『結婚同窓会 〜SEASIDE LOVE〜』に出演し女優デビュー[4]。その後、ドラマ『悪夢ちゃん』で地上波連続ドラマ初出演を果たした[4]。

2013年、ドラマ『幽かな彼女』『夫のカノジョ』に出演するなど、女優としての活動の幅を広げる[4]。

雑誌『Seventeen』の専属モデルオーディション「ミスセブンティーン2013」で、応募総数6,478通[5]の中から田辺桃子と共にグランプリを受賞し、専属モデルになる。

2014年、Suzuの曲「step by step」でプロモーション・ビデオに初出演。5月に公開の映画『悪夢ちゃん The 夢ovie』に出演し、スクリーンデビュー。

2015年に、映画『案山子とラケット 〜亜季と珠子の夏休み〜』で、初主演を果たした(平祐奈とのダブル主演)[6]。

2016年11月10日、第95回全国高等学校サッカー選手権大会の第12代目応援マネージャーに就任[7][注 1]。

オフィシャルブログ「かれんな花」が「BLOG of the year 2016」で優秀賞(オフィシャル部門)を受賞[8][9]。

2019年3月12日配信開始の『いつか、眠りにつく日』(フジテレビオンデマンド)で連続ドラマに初主演[10]。

人物
弟と妹がいる。[4]
読書家で自身のインスタグラムでは「#ハナコイ図書室」のハッシュタグをつけてオススメの本を紹介している[11]。
出演
テレビドラマ
結婚同窓会 〜SEASIDE LOVE〜(2012年7月13日 - 8月17日、フジテレビTWO) - 夏目蓮花(中学時代) 役[注 2]
悪夢ちゃん(2012年10月13日 - 12月22日、日本テレビ) - 近藤七海 役
悪夢ちゃんスペシャル(2014年5月2日)
幽かな彼女(2013年4月9日 - 6月18日、関西テレビ・フジテレビ) - 広田かすみ(中学時代) 役[12]
放課後グルーヴ(2013年4月22日 - 6月24日、TBS) - 北野二葉 役
夫のカノジョ(2013年10月24日 - 12月12日、TBS) - 小松原実花 役
なぜ家族は消されたのか?心を操る恐怖のサイコパス〜成海朔の挑戦Ⅱ〜(2015年7月1日、日本テレビ) - 園田玲奈 役
恋仲 第2話 - 第9話(2015年7月27日 - 9月14日、フジテレビ) - 山城心音 役[13]
お迎えデス。(2016年4月23日 - 6月18日、日本テレビ) - 堤さやか 役[14]
こえ恋(2016年7月8日 - 10月1日、テレビ東京) - 西園あき 役 [15]
あなたのことはそれほど 第5話・第7話(2017年5月16日・30日、TBS) - 有島佳奈 役
屋根裏の恋人(2017年6月3日 - 7月22日、東海テレビ) - 西條帆花 役
ほんとにあった怖い話 夏の特別編2017「お墓はどこでしょうか」(2017年8月19日、フジテレビ) - 長峰美優 役
名刺ゲーム(2017年12月2日 - 23日、WOWOW) - 神田美奈 役
電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018- 第4話 - 第8話・第12話(2018年2月3日 - 3月3日・31日、テレビ東京)- 大宮リカ 役[16]
ミューブ♪〜秘密の歌園〜(2018年4月17日 - 6月19日、メ〜テレ) - 溝渕裕子(ブッチ) 役[17][18]
チア☆ダン(2018年7月13日 - 9月14日、TBS) - 榎木妙子 役[19]
あなたの番です(2019年4月14日 - 9月8日、日本テレビ) - 妹尾あいり 役[20]
いつか、眠りにつく日(2019年7月15日 - 8月20日、フジテレビ系) - 主演・森野蛍 役[注 3][21]
新米姉妹のふたりごはん(2019年10月11日 - (予定)、テレビ東京) - 主演・あやり 役[注 4][22]
映画
大人ドロップ(2014年4月4日) - 入江杏(少女期) 役
悪夢ちゃん The 夢ovie(2014年5月3日) - 近藤七海 役
案山子とラケット 〜亜季と珠子の夏休み〜(2015年4月4日) - 主演・松丘珠子 役[23][24]
リップヴァンウィンクルの花嫁(2016年3月26日) - 安田ゆうか 役[25][注 5]
金メダル男(2016年10月22日) - 間宮凛子 役
君の膵臓をたべたい(2017年7月28日) - 恭子(学生時代) 役[26]
バラエティ番組
痛快TV スカッとジャパン(フジテレビ)
胸キュンスカッと どっちが先に恋人できる?(2016年1月18日) - 松原朋美 役
胸キュンスカッと 消せない想い(2016年4月11日) - 木野江美 役
胸キュンスカッと 夏祭りは好きな人と…(2016年7月24日) - 川口奈々 役[注 6]
学生時代の思いでスカッと 君にエールを…(2016年10月24日) - 甲田佳奈子 役
胸キュンスカッと 恋も部活も全力スマッシュ(2017年4月3日) - 西門彩音 役
胸キュンスカッと 口に出せない想い(2018年11月5日) - 大原真帆 役
王様のブランチ(2017年4月1日 - 、TBS)[27]
踊る!さんま御殿(2019年5月28日、9月3日)
情報番組・ナレーション
知るしん 信州を知るテレビ(NHK長野 総合)
背番号のない夏〜上田西高校・硬式野球部〜(2017年8月4日) - ナレーション[28]
撮るしんスペシャル(2018年12月7日)
舞台
大きな虹のあとで〜不動四兄弟〜(2017年8月29 - 9月3日、ザ・ポケット) - ヒロイン・麻樹 役
ラジオ
クラスメイトは大友花恋!(2017年4月5日 - 、文化放送) - レギュラーパーソナリティ
CM
ブリヂストンサイクル アルベルト[29][24]
「親の責任」篇(2015年1月4日 - )
「親の想い」(通学)篇(2016年1月4日 - )
「コンテナ」篇(2017年3月21日 - )
「通学自転車、始めて乗るなら両輪駆動。 出張!電動アシスト体験トラック 学校」篇(2018年1月3日 - )[30][31]
グレンジ「ポコロンダンジョンズ」(2016年7月 - 2017年4月)[32]
臨海 学習塾 臨海セミナー 「わかったフリ許さないガール」(2018年2月 - )[33]
「わかったフリ バンコク」篇
「わかったフリ ピカソ」篇
資生堂 アネッサ×Seventeen 大友花恋の「SUNGENIC REPORT」(2018年2月28日 - )
日本放送協会 「NHK前橋放送局 フレッシャーズキャンペーン」
広告・広報
ハルタ HARUTA IMAGE GIRL 2014(2013年12月 - 2014年11月) - イメージキャラクター[34]
きものやまとECサイト「浴衣屋さん.com」(2014年3月 - )
第95回全国高等学校サッカー選手権大会 第12代目応援マネージャー(2016年)[7]
集英社 春の少女マンガフェア2017 イメージガール(2017年)[35]
MV
Suzu
「step by step」(2014年2月12日)[36][注 7]
「you can do it!」(2014年4月2日) - 主演・小野つばさ 役[37][注 8]
「ひかりの方へ」(2014年5月6日) - 主演・小野つばさ 役[38][注 9]
NICO Touches the Walls 「天地ガエシ」(2014年6月11日)[39]
ナオト・インティライミ 「Overflows 〜言葉にできなくて〜」(2016年6月20日) - 押見藍子 役[注 10]
ネット配信
【制服女子バレンタイン告白vol.1】すすめ!恋する乙女たち。(2014年1月17日、明治)[36][注 7]
&美少女 NEXT GIRL meets Tokyo meets5(2017年5月3日00時00分 - 2018年4月4日23時59分、FOD) - 主演・鈴木美穂 役[注 11]
いつか、眠りにつく日(2019年3月12日配信開始、FOD) - 主演・森野蛍 役[10]
イベント
Seventeen夏の学園祭
Seventeen夏の学園祭2013(2013年8月23日、パシフィコ横浜)[40]
Seventeen夏の学園祭2014(2014年8月21日、パシフィコ横浜)[41]
Seventeen夏の学園祭2015(2015年8月25日、パシフィコ横浜)[42]
Seventeen夏の学園祭2016(2016年8月23日、パシフィコ横浜)[43]
Seventeen夏の学園祭2017(2017年8月24日、パシフィコ横浜)[44]
Seventeen夏の学園祭2018(2018年8月23日、パシフィコ横浜)[45]
研音ネクジェネ夏祭り(2014年8月31日、時事通信ホール)[46]
音夏祭〜研音ガールズイベント〜
(2015年8月1日・2日、クラブeX)[47]
(2016年8月20日・21日、クラブeX)[48]
超十代
超十代 -ULTRA TEENS FES- 2017(2017年3月28日、幕張メッセ)[49]
超十代 -ULTRA TEENS FES- 2018(2018年3月27日、幕張メッセ)[50]
ランウェイ
GirlsAward
GirlsAward 2015 AUTUMN/WINTER(2015年10月24日、国立代々木第一体育館)[51]
GirlsAward 2016 AUTUMN/WINTER(2016年10月8日、国立代々木第一体育館)[52]
GirlsAward 2017 SPRING/SUMMER(2017年5月3日、国立代々木第一体育館)[53]
GirlsAward 2017 AUTUMN/WINTER(2017年9月16日、幕張メッセ)[54]
GirlsAward 2018 AUTUMN/WINTER(2018年9月16日、幕張メッセ)
東京ガールズコレクション 2018 SPRING/SUMMER(2018年3月31日、横浜アリーナ)[55]
書籍
雑誌
Seventeen(2013年10月号 - 、集英社) - 専属モデル[5][56][57]
小説表紙
君色。〜ベランダ越しの恋〜(著:ゆあ、2014年11月21日、集英社ピンキー文庫) - カバーモデル
写真集
Karen(2016年10月5日、東京ニュース通信社)ISBN 978-4863365919[58]
Karen2(2018年3月31日、東京ニュース通信社)ISBN 978-4863367425[59]
Karen3(2019年10月9日、東京ニュース通信社)ISBN 978-4863369658[60]
カレンダー
大友花恋カレンダー2018.04-2019.03(2018年2月10日、東京ニュース通信社)

バスケ日本代表

バスケットボール男子日本代表(―だんしにほんだいひょう、英:Japan men's national basketball team)は、日本バスケットボール協会によって編成され、国際大会に派遣される男子バスケットボールのナショナルチーム
歴史
日本代表チームとしての初の国際大会出場は、1917年に東京で開催された第3回極東選手権競技大会である。この時の日本代表は、京都YMCAによる単一チームであった。

1936年、バスケットボールがオリンピック正式種目となったベルリン大会でオリンピックに初出場。トーナメント方式の大会で1回戦で中国、2回戦でポーランドに勝利して3回戦まで進出した。戦後になってからも1956年のメルボルン大会に出場して以降、1968年メキシコシティ大会を除き毎回出場。バスケットボール世界選手権にも1963年大会で初出場、続く1967年大会にも連続出場するなど世界大会の常連であった。アジア選手権でも1965年大会と1971年大会に優勝するなどアジアの上位であったが、その後は国際大会に復帰した中国の台頭などもあり、1976年のモントリオールオリンピック出場を最後に世界規模の大会への出場から遠ざかっていった。

1995年の福岡ユニバーシアードで準優勝すると、長谷川誠らその時のメンバー6人を擁して1997年アジア選手権で7大会ぶりの準優勝を達成し、1998年に31年ぶりに世界選手権出場を果たす。1次リーグは3連敗を喫したが、順位決定戦でセネガルに勝利した。

2003年にヨーロッパの名将ジェリコ・パブリセヴィッチをヘッドコーチに招き、2006年世界選手権の開催国として出場。1次ラウンド初戦のドイツ戦は70-81と善戦、パナマ戦では1次ラウンドとしては1963年大会以来の勝利をあげ、前回大会4位のニュージーランドに対しては前半を18点のリードで折り返したが後半に大逆転を許して2勝目を逃し、結局通算1勝4敗で敗退した。

しかし近年の日本代表は中東勢の台頭もあり、アジア選手権でのメダル獲得も1997年大会を最後に逃し続けている。JBLのアイシンシーホース(現シーホース三河)で実績を残し、ヘッドコーチに就任した鈴木貴美一がチームを率いた2007年アジア選手権大会は自国開催(徳島)でありながら日本バスケットボール協会内部の混乱でチーム強化もおぼつかなく8位に終わり、この大会での2008年北京オリンピック進出ばかりか同大会の世界最終予選進出も逃した。さらに2009年大会は直前のヘッドコーチ交代劇の影響もあり、世界選手権出場どころか前回よりさらに下回る歴代最低の10位に沈んだ。

2010年は史上初めてヘッドコーチを公募にかけ、リンク栃木ブレックスをJBL初優勝に導いたトーマス・ウィスマンコーチが就任した。2010年FIBAアジアスタンコビッチカップにて、決勝戦で地元レバノンに敗れはしたが準優勝となり好スタートを切った。さらに同年の広州アジア大会でも4大会ぶりにベスト4入りを達成。しかし翌2011年9月に開催されたアジア選手権兼ロンドンオリンピックアジア予選ではベスト4を目標に掲げるも、準々決勝で敗れてロンドンオリンピック世界最終予選の出場権獲得を逃し7位に終わった。

それから半年も経った2012年3月になって日本協会はウィスマンHCを解任し、鈴木貴美一がアイシンと兼任で自身2度目となるHCに就任した。9月に東京で開催された2012年FIBAアジアカップで準優勝。翌2013年は2014年ワールドカップ出場権の獲得を目指したが、2013年アジア選手権2次ラウンドでフィリピン、台湾、ヨルダンを相手に3連敗を喫して決勝トーナメントに進めずに9位になり、ワールドカップ出場権を逃した。その後、10月の協会理事会で鈴木HCは成績不振の責任を取って辞任した。

長谷川健志HC期
2014年4月、前青山学院大学HCの長谷川健志がヘッドコーチに就任した。7月に行われた2014年FIBAアジアカップでは準々決勝で台湾に敗れて順位決定戦にまわり、6位に終わった。9月に開幕した仁川アジア大会では準々決勝リーグで中国に競り勝ち、グループ内2位で目標としていた2大会連続ベスト4入りを達成。準決勝では開催国韓国に敗れたが、3位決定戦でカザフスタンを破り、アジア大会では1994年広島大会以来5大会ぶりに銅メダルを獲得した。

2014年11月にJBAがガバナンス不足によりFIBAより資格停止処分を受けすべてのカテゴリの日本代表が国際試合に出場ができなくなったため、一時はリオデジャネイロオリンピックのアジア予選を兼ねたアジア選手権(中国・長沙)への出場が危ぶまれたが、その後FIBAより送り込まれた改革組織『JAPAN 2024 TASKFORCE』による改革で2015年8月に制裁は解除され、9月23日開幕のアジア選手権に出場。1次リーグ初戦のイラン戦では大敗したがその後持ち直して1次・2次リーグを突破。決勝トーナメント初戦のカタール戦を81-67で勝利し、9大会18年ぶりのベスト4入りを達成した。準決勝・3位決定戦は敗れてメダル獲得はならなかったが、世界最終予選の出場権を獲得した。

2016年7月、日本代表にとり2006年世界選手権以来のFIBA主催大会となるリオ五輪世界最終予選(セルビア・ベオグラード)にジョージ・ワシントン大留学中の渡邊雄太らを加えて出場したが、ラトビアに48-88、チェコに71-87で敗れ、予選ラウンドで敗退した[2][3]。長谷川HCは同年のウィリアム・ジョーンズカップとFIBAアジアチャレンジ(FIBAアジアカップより改称、6位)でも指揮を執った後、11月30日付で退任した。

長谷川氏の後任の新HCが就任するまで、11月1日にテクニカルアドバイザーに就任したルカ・パヴィチェヴィッチが暫定的に指揮を執り[4]、2017年6月の東アジア選手権で3位となった。

フリオ・ラマスHC期
2017年4月、元アルゼンチン代表HCのフリオ・ラマスが7月1日付で新HCに就任することが決定した[5]。同年11月、フィリピン、オーストラリア、台湾と同組となった2019年FIBAバスケットボール・ワールドカップアジア1次予選が開幕(出場国は前回大会までアジア選手権で決定していたが、今回よりホームアンドアウェイでの総当たり方式に変更された)。日本は初戦から4連敗を喫して敗退の危機に晒されたが、ゴンサガ大留学中の八村塁と、2018年4月に帰化したBリーグMVP受賞のニック・ファジーカスが加入した2018年6月の1次予選最終シリーズ(第3シリーズ)ではFIBAランク10位のオーストラリア戦と台湾戦に連勝して、2勝4敗のグループ3位で1次予選を突破した。

W杯予選とは別に若手選手中心で挑んだ2018年8月に行われたアジア競技大会において、出場した選手4名に規律違反があったとして、代表認定が取り消された[6][7][8]。

2018年9月開幕のW杯2次予選開幕シリーズ(第4シリーズ)ではファジーカスが怪我で欠場したが、メンフィス・グリズリーズと2way契約を結んだ渡邊雄太が加わり、八村とのコンビが存在感を見せカザフスタンとイランに連勝し、通算4勝4敗となる。アメリカがシーズンに入った11月以降は八村と渡邊は代表を離脱したが、第5シリーズも連勝し、6勝4敗。最終第6シリーズもアウェイでイランとカタールに勝利し、4連敗のあとの8連勝で通算8勝4敗とし、W杯出場が決定した。W杯出場は2006年大会以来、自国開催を除く自力での予選突破は1998年大会以来である[9]。

2019年7月、W杯に向けた日本代表候補が発表され、W杯予選突破の原動力となった八村(ワシントン・ウィザーズ)、渡邊、ファジーカスの3人が初めて揃い踏みした。前シーズンのBリーグMVPの富樫勇樹が代表練習中の故障で離脱したが、JBA技術委員長の東野智弥はこのチームを『ジャパン・ドリームチーム』として発表した[10]。

愛称
日本バスケットボール協会は、日本代表チームの愛称を2011年4月から5月にかけて一般公募した。その中から男女共通の愛称として「隼(ハヤブサ)ジャパン」を選定し、2011年7月に発表し[11]、それを2015年まで使用していたが、2016年から「AKATSUKI FIVE(アカツキファイブ)」に変更されることになった
FIBAアジアカップ
オリンピックまたはワールドカップのアジア予選を兼ねている。

詳細は「FIBA男子アジアカップ」を参照
1960年 - Med 3.png3位
1963年 - 不参加
1965年 - Med 1.png優勝
1967年 - Med 3.png3位
1969年 - Med 2.png準優勝
1971年 - Med 1.png優勝
1973年 - 4位
1975年 - Med 2.png準優勝
1977年 - Med 3.png3位
1979年 - Med 2.png準優勝
1981年 - Med 3.png3位
1983年 - Med 2.png準優勝
1985年 - 5位
1987年 - Med 3.png3位
1989年 - 4位
1991年 - Med 3.png3位
1993年 - 7位
1995年 - Med 3.png3位
1997年 - Med 2.png準優勝
1999年 - 5位
2001年 - 6位
2003年 - 6位
2005年 - 5位
2007年 - 8位
2009年 - 10位
2011年 - 7位
2013年 - 9位
2015年 - 4位
2017年 - ベスト12
アジア競技大会
詳細は「アジア競技大会バスケットボール競技」を参照
1951年 - Med 2.png準優勝
1954年 - Med 3.png3位
1958年 - Med 3.png3位
1962年 - Med 2.png準優勝
1966年 - 4位
1970年 - Med 3.png3位
1974年 - 7位
1978年 - 4位
1982年 - Med 3.png3位
1986年 - 6位
1990年 - 4位
1994年 - Med 3.png3位
1998年 - 10位
2002年 - 6位
2006年 - 6位
2010年 - 4位
2014年 - Med 3.png3位
2018年 - 7位
東アジア競技大会
詳細は「東アジア競技大会バスケットボール競技」を参照
1993年 - 5位
1997年 - 5位
2001年 - Med 3.png3位
2005年 - Med 2.png準優勝
2009年 - Med 3.png3位
2013年 - 4位
東アジア選手権
詳細は「東アジアバスケットボール選手権」を参照
2009年 - Med 2.png準優勝
2011年 - Med 2.png準優勝
2013年 - Med 3.png3位
FIBAアジアチャレンジ
詳細は「FIBAアジアチャレンジ」を参照
2004年 - 5位
2008年 - 不出場
2010年 - Med 2.png準優勝
2012年 - Med 2.png準優勝
2014年 - 6位
2016年 - 6位
歴代のヘッドコーチ
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この節の加筆が望まれています。
浅野延秋(1936)
牧山圭秀(1951-1954)
大庭哲夫(1956)
森沢誠一(1958-1960)
吉井四郎(1962-1964)
三浦正(1965)
東海林周太郎(1966)
笠原成元(1967)
吉井四郎(1967)
牧山圭秀(1969)
笠原成元(1970)
武富邦中(1971)
笠原成元(1972-1973)
吉田正彦(1974-1976)
笠原成元(1977)
清水義明(1978)
秋吉恒俊(1978-1979 )
小浜元孝(1979 )
清水義明(1980-1983)
小浜元孝(1984-1989)
清水義明(1990)
清水良規(1991-1994)
ジェームス・ゴードン(1994)
河内敏光(1995-1996)
小浜元孝(1996-2000)
吉田健司(2000-2002)
ジェリコ・パブリセヴィッチ(2003-2006)
鈴木貴美一(2006-2007)
デイビッド・A・ホッブス(2009)
倉石平(2009)
小野秀二(2009)
トーマス・ウィスマン(2010-2012)
鈴木貴美一(2012-2014)
長谷川健志(2014-2016)
フリオ・ラマス(2017-)

زياد علي

زياد علي محمد