الجمعة، 6 سبتمبر 2019

오상방위

오상방위(誤想防衛)란 정당방위의 객관적 전제사실이 존재하지 않음에도 불구하고 행위자는 그것이 존재하는 것으로 오신하고 방위행위로 나아간 경우이다. 오상방위는 위법성조각사유의 전제사실에 대한 착오(허용구성요건 허용상황의 착오)에 해당되는 문제이다. 이 경우 다수설인 법효과제한적 책임설에 의하면 위법성조각사유의 전제사실의 착오에 대해 구성요건적 고의는 조각되지 않지만 형법적효과만은 고의책임이 아닌 과실책임을 인정한다.

기소

기소(起訴, indictment)란 검사가 특정한 형사사건에 대하여 법원의 심판을 구하는 행위를 말한다. 공소의 제기라고도 한다. 검사의 기소는 수사의 종결을 의미하고, 기소를 함으로써 법원의 재판절차가 개시된다.
사인소추와 친고죄
과거 유럽에서는 피해자 등이 기소를 하는 사인소추(私人訴追)가 폭넓게 인정되기도 했지만, 현재는 명예훼손, 마당·헛간침입, 재물손괴 등 극히 일부의 사소한 범죄를 제외하고는 검사만이 범죄의 기소를 할 수 있다.

독일 형법과 이를 계수(繼受)한 일본, 중화민국, 대한민국 형법에 규정된 친고죄는 사인소추를 국가소추주의 아래에 녹여낸 형사제도이다.

기소편의주의
범죄의 혐의가 있다고 해서 국가기관인 검사가 반드시 이를 기소해야 하는 것은 아니다. 검사는 범인의 연령, 성행, 지능과 환경, 피해자와의 관계, 범행의 동기, 수단과 결과, 범행 후의 정황 등을 고려하여 기소하지 않는 것이 타당하다고 판단되는 때에는 기소유예 처분을 할 수 있다.

기소편의주의의 필요성에도 불구하고 이러한 검사의 불기소처분은 편견에 의한 독단과 뇌물·부정한 압력 등에 의한 독직의 위험성이 크기 때문에 이를 통제하기 위해 독일에서는 형사소송법에 기소강제절차를 규정하여 기소법정주의(起訴法定主義)를 가미하고 있으며, 일본에서는 1948년부터 검찰심사회를 두어 검사의 기소독점을 견제하고 있다.

영미법
영미법에서는 전통적으로 대배심에서 기소를 하였으나, 현재는 미국의 주(州) 정부에서만 대배심제도를 운용하고 있다. 영국에서는 사인소추를 제외한 모든 기소가 검사에 의해 이루어진다. 영국에서의 형사소송에서는 모든 원고(plaintiff)는 국왕이다. 예를 들어 스미스에 대한 기소가 이루어지면 'R 대 스미스'라고 부르는데, 여기서 'R'은 라틴어로 여왕(Regina)을 말한다.

コナン

『名探偵コナン』(めいたんていコナン、Detective Conan[注 3])は、青山剛昌原作の推理漫画作品であり、本作を原作とした一連のメディアミックス作品の総称。

話数カウントは「FILE.」。掲載時には、エピソードごとの区切りとして、扉絵のページに「シリーズ第何話(解決編の場合は「シリーズ解決編」)」か表記されている。
概要
謎の組織によって幼児化させられた高校生探偵・工藤新一が江戸川コナンと名乗り、組織の行方を追いながら数々の事件を解決していく推理漫画。『週刊少年サンデー』(以下、『サンデー』)にて1994年5号より『名探偵コナン』の連載が開始された。2014年6号で連載20周年、2017年37-38合併号で1000話目を迎え、『サンデー』史上歴代最長の連載期間となっている[注 4]。

1996年からテレビアニメが放送開始され、2016年には20周年を迎えた。1997年から毎年4月に劇場版映画が公開されている。

単行本の総発行部数は2003年に発売された40巻で1億部を、2018年11月の時点で全世界累計2億3000万部を突破している[1]。漫画・アニメともに、世界でも翻訳・刊行・放映されている国もある。

2001年、第46回(平成12年度)小学館漫画賞少年部門受賞。

2015年以降は、作者の体力面や健康面、映画への介入を考慮して休載が増えつつある。

ストーリー
「名探偵コナンの事件」も参照
推理作家の父と名女優の母を持ち、シャーロック・ホームズを敬愛する高校生探偵・工藤新一は、大人顔負けの推理力と洞察力を併せ持ち、「日本警察の救世主」とまで言われる活躍をみせていた。

ある日、新一は幼なじみの毛利蘭と遊園地に遊びに行くが[注 5]、そこで謎の組織の取引現場を目撃する。取引の模様を見るのに夢中になっていた新一は、組織のもう1人の仲間ジンによって背後から殴り倒され、口封じのために毒薬(APTX4869)を飲まされる。だが、組織も知らなかった薬の副作用によって神経を除いたすべての組織が退行し、小学1年生の体となってしまう。

新一は、自分が生きていることを組織に知られたら再び命を狙われ、周囲の人間も巻き添えにしてしまうと隣人の阿笠博士から助言を受ける。そして、正体を隠して江戸川コナンと名乗り[注 6]、蘭の父・毛利小五郎が探偵であることから謎の組織の情報が得られると考え、蘭の家に居候する。

以後、コナンは周囲で次々に起きる事件を持ち前の推理力や、阿笠の開発した万能アイテムを駆使して解決していく。同時に、元の身体を取り戻すために謎に包まれた黒の組織の陰謀を追っていくことになる。

登場人物
「名探偵コナンの登場人物」を参照
江戸川 コナン(えどがわ コナン) / 工藤 新一(くどう しんいち)
本作の主人公。
高校生探偵として名を響かせていたが、黒の組織によって試作段階の毒薬(APTX4869)を飲まされ、身体が縮んで幼児化してしまった。組織に新一の生存が知られて周囲に危害が及ぶのを防ぐため、事情を知る協力者たちの力を借りて、普通の小学生として生活しながら事件を解決していく。
サッカーの実力は相当なものである。
毛利 蘭(もうり らん)
本作のヒロイン。
コナンのお姉さん的な存在で、コナンを弟のようにかわいがっている。また、幼なじみの新一の彼女である。
空手を得意としている。
毛利 小五郎(もうり こごろう)
蘭の父親でコナンの保護者。
元警視庁捜査一課強行犯係の刑事で「毛利探偵事務所」を経営する私立探偵。現在はコナンの活躍により「眠りの小五郎」として名を響かせている。
柔道の心得があり、一本背負いを得意技とする。
灰原 哀(はいばら あい) / 宮野 志保(みやの しほ)
元「黒の組織」のメンバーで、APTX4869を開発した科学者。組織でのコードネームはシェリー。
コナンと同様、体が幼児化したために阿笠博士の家に居候しながら小学生として生活する一方、コナンの正体を新一と知って協力しながらAPTX4869の解毒薬を試作中。
阿笠 博士(あがさ ひろし)
工藤家の隣人でコナンの正体を新一と知る主な協力者。
コナンが使っているメカならびに探偵バッジの製作者でもある。その発明はMI6顔負けとも評された。
服部 平次(はっとり へいじ)
大阪を中心に活躍する高校生探偵。
東の高校生探偵である新一に対し、西の高校生探偵としてその名を響かせるライバルである。コナンの正体を新一と知って推理で協力する親友でもある。
剣道の腕も大阪府警の使い手たちを一人で圧倒する程の実力。
吉田 歩美(よしだ あゆみ)、円谷 光彦(つぶらや みつひこ)、小嶋 元太(こじま げんた)
3人ともコナンや灰原の同級生で、少年探偵団として活躍している。
遠山 和葉(とおやま かずは)
平次の幼なじみで、お互い両想い。だが、未だにお互い告白できずにいる。蘭とは親友。
合気道の有段者でもある。
怪盗キッド(かいとうキッド) / 黒羽 快斗(くろば かいと)
神出鬼没の大怪盗で、コナンのライバル。
『まじっく快斗』の主人公でもある。
赤井 秀一(あかい しゅういち) / 沖矢 昴(おきや すばる)
FBI捜査官。
過去にライのコードネームで「黒の組織」に潜入していた。組織に命を狙われたため、コナンの策で自らの死を偽装し、現在は変装して工藤邸に在住している。コナンに直接伝えてはいないが、その正体を新一と知る人物のひとりでもあり、黒の組織殲滅のために協力している。700ヤード先から小さな盗聴器を打ち抜くほどの屈指の狙撃手。
ジークンドー(截拳道)の使い手でもある。
安室 透(あむろ とおる) / 降谷 零(ふるや れい)
警察庁警備局警備企画課「ゼロ」の公安警察官。
表の顔は私立探偵で、毛利探偵事務所下の喫茶店「ポアロ」でバイトをしながら、小五郎に弟子入りする形でコナンたちと接点を持つようになる。裏では「黒の組織」に潜入しバーボンのコードネームを与えられ、探り屋として活動している。
ボクシングや料理、ギター、テニスなど、多様なスキルに精通している。
ジン、ウォッカ
2人とも黒の組織のメンバー。
ジンは作戦を統括する立場にある実行部隊の幹部で、新一に「APTX4869」を飲ませ、幼児化させた張本人。その性格は残忍で冷酷であり、常に冷静沈着で頭も切れ、銃器の扱いに長ける。
ウォッカは組織の幹部でジンの舎弟分。
ベルモット / シャロン(クリス)・ヴィンヤード
組織の幹部で、正体は世界的な大女優。組織のボスである「あの方」のお気に入り。
自身は死んだと偽り、シャロンの娘・「クリス・ヴィンヤード」を名乗っている。組織の中でコナンの正体を新一と知っている唯一の人物で、過去に助けられたいきさつから新一(コナン)と蘭が組織に狙われないよう配慮もしている。
変装の達人でもある。
水無 怜奈(みずなし れな) / 本堂 瑛海(ほんどう ひでみ)
CIAの諜報員。黒の組織に潜入した際に与えられたコードネームはキール。
表の顔は日売テレビの人気女性アナウンサーだったが、後に退職している
本編の展開
主人公・江戸川コナンが、日常生活で発生する難事件を解決していきながら、幼児化した体から工藤新一本来の体に戻るために「黒の組織」という巨大な犯罪組織の謎を解き、立ち向かっていくのが本作の主軸である。

なお、数多くの事件が発生しているものの、ほとんどは組織とは無関係であり、巻数を重ねても組織の正体が少しずつしか見えてこない。組織に関連する長い伏線が張られていて、例を挙げると以下の通りである(年月は現実のもの)。

黒の組織のボス「あの方」は、その正体とされる名前が登場してから17年後に「あの方」と明言された。
主要人物の1人・灰原哀は、その存在が示唆されてから[注 7]3年半後に登場。
黒の組織の幹部・ベルモットやバーボンの正体は3年に渡って伏せられていた。
FBI捜査官・赤井秀一は黒の組織に殺害されたが、その際の状況が2年後に再検証され、姿を消してから7年後に偽装殺人だったことや生存が判明した。
APTX4869投与人物リストに名前が載っていた羽田浩司は、初出から18年後に作中の人物によって初めて言及されて容姿が描かれた。
作中の時間は『サンデー』掲載時の季節を追うが、新一や蘭はずっと高校2年生のままである[注 8]。青山は「『サザエさん』と同じ」とコメントしている。漫画のみならず、テレビアニメ版も放送時の季節に合わせることがあり、原作では夏に起きた事件が放送日に合わせて冬になる場合もある。第1巻File.1「平成のホームズ」での冒頭の事件を掲載している新聞の日付などのように、初期は原作・アニメ共に作中でもその時点の現実のものにほぼ近い年月日が記載されていたが、ストーリーが進むにつれて月日の明示しかされなくなる。登場人物の日付の言及は初期から月日のみで、その時が何年であるかの発言は現在まで1度もされていない[注 9]。なお、季節こそループはするものの、季節の行事を題材にしたエピソード(例としてはバレンタインデーやホワイトデー、学校における文化祭など)は基本的に1度しか使わないように構成されている[注 10]。例えばバレンタインを題材にした事件は第33巻に収録されているが、その後は連載における季節ループの後に先述のストーリーの流れを組んだホワイトデーの事件が第69巻で収録されている。そして、第1話以降の作中における具体的な期間の経過も全くないわけではなく、以下のように原作・テレビアニメ・劇場版・テレビスペシャルにおいてストーリーが進展する過程で描かれている。

原作では、第1話における作品内の新聞の年月が、『サンデー』掲載時に合わせて「平成6年1月」と示され、単行本第1巻にもそのまま表記されるが[3]、翌年の『サンデー』掲載分からその新聞の「平成6年」の部分は表記されなくなる[注 11]。第58巻収録の「赤井の過去」で、10億円強奪事件(コミックス第2巻収録「行方不明の男」 - 「悪魔のような女」、アニメ第128話「黒の組織10億円強奪事件」)と、その事件の際に黒の組織のジンに実行された宮野明美殺害から、その時点で数か月しか経過していないことが語られる。第1話のプロローグに位置づけられる第83巻の「水色の想い出」(アニメ版「工藤新一水族館事件(前編)」)で、蘭が「あれからまだ1年も経っていない」とつぶやいて水族館事件の回想が始まり、その時が水族館事件からは1年未満であると示された(その水族館事件から「今度、東京にできるトロピカルランド」[4]が完成して開園するまで、さらにそこから第1話までの具体的な経過期間は示されていない)。

テレビアニメでは、第400話「疑惑を持った蘭」で新一=コナンが幼児化してから半年経過したと発言される。2013年の12月には、蘭役の山崎和佳奈がインタビューで、「新一が幼児化してからまだ約半年ほどという意識を持って臨んでいる」と応えている[5]。

劇場版では、第10作『探偵たちの鎮魂歌』のパンフレットに、テレビアニメ第400話の設定を改めて実感させるように、声優陣は第1話からまだ半年しか経っていないことを考えながらアフレコを行っていると記載されている。劇場版『漆黒の追跡者』の本編で、高木刑事がテレビアニメの「命がけの復活シリーズ」の事件を「この前も~」と語る。

2016年末に放送された原作者・青山剛昌の全面監修によるテレビスペシャル『名探偵コナン エピソード“ONE” 小さくなった名探偵』では、水族館事件から約2週間後に蘭が空手の都大会で優勝し、その同じ日に第1話冒頭で新一が解決した事件が起き、同じく第1話内でのさらにその2日後に新一と蘭がトロピカルランドに行き、そこで新一はAPTX4869を飲まされ幼児化したと描かれ、蘭が再度水族館を訪れた時点で新一=コナンが幼児化してから1年未満であることが示された。また、ラストで組織在籍中のシェリーこと宮野志保が、行方不明になった新一の消息を確認すべく組織の者たちを率いて工藤邸を捜索しているシーンが描かれ、これは既に原作とテレビアニメでも、灰原哀(宮野志保)が「二度の調査があってその間が一ヶ月」とだけ証言していたが、本作で灰原が語った二度目の該当時期が新一の幼児化から「二ヶ月後」と表示され、宮野志保が幼児化して灰原哀として登場した時は、第1話から二ヶ月以上経過していたことも判明した。

作中に登場する道具類も現実の時代に合わせて変化していく。新一としての連絡手段は、初期には公衆電話や阿笠が発明したイヤリング型携帯電話などを使用していたが、時代が進むにつれて小学生でも携帯電話やスマートフォンを所持するようになったことで、市販で購入した携帯電話の使用がメインになる(時代に沿って機種もフィーチャー・フォンからスマートフォンへと変化する)。連載当初は手帳型であった警察手帳も、現実世界で2002年10月1日から警察手帳が新しくなってバッジ型に変わったことに合わせ、バッジ型手帳に変更されている。

人間関係
推理漫画でありながら、登場人物間の関係についての話も大きな位置を与えられている。物語が進み、黒の組織の内部が明らかになるにつれて両者が混合しつつある。

登場人物の関係ではほとんどが、コナンを取り巻く人々の恋愛が問題になる。また、作者自身もこの作品を「殺人ラブコメ漫画[注 12]」と称している[6]。恋愛関係になるキャラクターは多くが昔からの知り合いという設定であり、過去の出来事に基づいた挿話がしばしば行われる。

コラボレーション
作中には、青山剛昌の他作品のキャラクターが出演することがある。『まじっく快斗』の怪盗キッドはレギュラーといえる存在になっている。同作品からは中森銀三が準レギュラー、白馬探と黒羽盗一が稀に登場するゲストキャラクターとして、寺井黄之助と中森青子は名前は出ないながらもカメオ出演しており、アニメ版ではそれに加え、小泉紅子・桃井恵子といった人物も登場している[注 13]。

『YAIBA』に関しては、YAIBA#名探偵コナンを参照。その他、『4番サード』のキャラクターが、「53,000分の1の悪魔」-「試合終了…!?」(アニメ版「甲子園の奇跡! 見えない悪魔に負けず嫌い」)に登場した。作者の初期作品『プレイ イット アゲイン』、『夏のサンタクロース』は劇中劇として登場している。これ以外に『サンデー』や『コロコロコミック』の企画によるOVAでの共演もある。「紫紅の爪(パープル・ネイル)」(アニメ版「怪盗キッドの瞬間移動魔術」)では小五郎が同じ『サンデー』原作の『絶対可憐チルドレン』に登場する人物について言及している場面がある。

青山剛昌の作品以外でも、1996年2月5日放送のアニメ第5話「新幹線大爆破事件」[7]には、新幹線の乗務員がコナンの言葉を受け流そうとしてアンパンマン[注 14]の名を挙げるセリフが存在するほか、2002年7月1日放送の第284話「中華街雨のデジャビュ(前編)」[8]には、同日22時放送開始のテレビドラマ『私立探偵濱マイク』の主人公・濱マイクが、同作主演の永瀬正敏の声で登場した[9]。また、サンデー×マガジン創刊50周年企画の一環で『金田一少年の事件簿』との共同漫画誌とゲーム『名探偵コナン&金田一少年の事件簿 めぐりあう2人の名探偵』でのコラボレーション企画や、東川篤哉の『謎解きはディナーのあとで』とのコラボレーション短編小説『探偵たちの饗宴』[注 15]でコナンと毒舌執事の影山が共演したりするなど、他作者の作品との共演も積極的になってきている。

上記はゲーム作品や他作品間で顔見せ程度等の共演であったが、テレビアニメの特番『ルパン三世VS名探偵コナン』、同じく『名探偵コナン 江戸川コナン失踪事件 〜史上最悪の2日間〜』、劇場版『ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE』の3作品では、お遊びやパロディではなく本編・映像作品として、『ルパン三世』・『鍵泥棒のメソッド』の世界観とストーリー上の設定も共有した公式の共演・展開がなされた。

その他にも、大沢在昌の小説『新宿鮫シリーズ』の鮫島警部やテレビ朝日のテレビドラマ『相棒』の杉下右京との共演もさせてみたいと青山は考えており、大沢からは人伝(ひとづて)に「鮫島を出してもいい」と言われているという[10][注 16]。

なお、コラボレーションではないが、「仲の悪いガールズバンド」事件[11][12]にはかきふらいの漫画『けいおん!』を意識した要素が盛り込まれたため、アニメ化された際にはファンの間で「まさかのコラボ!?」と話題になった[13]。また、このエピソードは毛利蘭・鈴木園子・世良真純の3人が女子高生バンド結成の相談をするストーリーだが、これと同時期に蘭役の山崎和佳奈・園子役の松井菜桜子・真純役の日髙のり子が実際にアイドルユニット・「backdrops(バックドロップス)」を結成している(原作者の青山と山崎・松井・日髙との間で連絡したわけではなく、「まったくの偶然」とのことである)[14]。

用語解説
組織
黒の組織(くろのそしき)
新一の体をAPTX4869で小さくしたジンやウォッカが所属する国際的犯罪組織。
詳細は「黒の組織」を参照
APTX4869(アポトキシン4869)
黒の組織が新開発した、検死しても体内から検出されない毒薬。本来の用途[注 17]としては、まだ試作段階に過ぎない。服用者の体質によって、ごくまれに死亡せずに体を幼児化させることがある。開発者の灰原いわく、動物実験段階で1匹だけ幼児化するマウスがいたとのこと。「アポトキシン」の「アポ」とは「アポトーシス」のことであり、プログラム細胞死を利用した薬らしい。
黒の組織内では、シリアルナンバーの4869をもじって「シャーロック」となることから、「出来損ないの名探偵」の俗称で呼ばれている。また、APTX4869のデータに施されたパスワードは、この俗称からコナン・ドイルが「シャーロック・ホームズ」と命名前に仮に与えていた探偵の名称「シェリングフォード(Shellingford)」となっている。
宮野厚司とエレーナが「シルバー・ブレット」と呼んでいた薬を、灰原が引き継いで開発を進めていたが[注 18]、灰原が組織から逃亡したために本来の用途の薬は開発が中断している。
詳細は「APTX4869」を参照
白乾児(パイカル)
中国に実在し、アンチAPTX4869効果を持つ(作中設定)強い酒。体が幼児化している者が風邪にかかっている状態で飲むと一時的に元の体に戻る現象があり、作中で何度かその場面が描かれている。風邪状態でなければならないのか(作中では免疫抗体ができたということになっている)、コナンの場合は2度目には効果がなかった。灰原はこの白乾児の成分を参考に、一時的な解毒薬を試作している。
FBI
黒の組織を追っているアメリカの警察組織。ジェイムズ・ブラックを筆頭に、ジョディ・スターリング、アンドレ・キャメルといった捜査官たちが、黒の組織を追って日本に潜入捜査を行っている。中でも赤井秀一は、とてつもない切れ者で射撃の名手である。
詳細は「FBI (名探偵コナン)」を参照
CIA
FBIとは別に、黒の組織について潜入捜査などを行っているアメリカ最大の諜報機関。アメリカの国益のために活動する機関であるため、捜査の目的はFBIと異なる。イーサン・本堂やアナウンサー「水無怜奈」としての表の顔を持つ本堂瑛海が所属していたが、イーサンは自殺によって殉職。現在は本堂瑛海が「キール」のコードネームで黒の組織に潜入、所属している。
公安警察
自国の安全と秩序の維持を目的とする日本の警察組織。赤井は「立場は違うが黒の組織にかみ付こうとする狼たち」と評している。殉職した諸伏景光(コードネーム「スコッチ」)も公安警察所属であった。現在は降谷零が「バーボン」のコードネームで黒の組織に潜入している。
少年探偵団
様々な事件解決を目的とした帝丹小学校1年B組の児童で構成される自称の探偵団。江戸川コナン・灰原哀・吉田歩美・円谷光彦・小嶋元太の5人。当初は歩美・光彦・元太の3人だけだったが、コナンと灰原が後に加わった。1年B組担任の小林澄子が顧問を自称している。
詳細は「少年探偵団 (名探偵コナン)」を参照
道具
以下の道具は協力者である阿笠博士が開発した発明品。

腕時計型麻酔銃[注 19]
コナンが普段から所持している腕時計。リューズ型の発射ボタンを押すとガラス面が展開して照準となり、もう一度ボタンを押すと麻酔針が飛び出し、至近距離にいる生物を眠らせる。主に小五郎などを眠らせて推理を披露する時や、犯人を抑制させる際に使用する[注 20]。針は1本しか収納できない[注 21]。麻酔は首などに当たるとほぼ瞬間的に効果が現れるが、服などを介すると効果が現れるまで少々時間がかかる。無機物に命中すると針はそのままだが、生物に命中するとほぼ瞬間的に消滅する描写があり、メカニズムは不明[注 22]。内蓋を回すと懐中電灯並みの明るさを持つライトも内蔵されており、後にブラックライト機能が追加された(スイッチは側面のボタン)[16]。基本的に誰でも眠らせることが可能だが、ジンには膝を着かせはしたものの、銃で腕を撃ち抜いて麻酔針を排出されてしまった[注 23]。
『絶海の探偵』では、通常の麻酔銃に衛星電話機能とUSBメモリが追加された「USB付き衛星電話腕時計」が登場。衛星電話の通話中はアンテナの先端が赤く光る。作中で説明されていないが、何らかの方法でUSBメモリ内のデータを別のパソコンや携帯電話に送信可能。
灰原は予備の麻酔銃、少年探偵団のメンバーはコナンの麻酔銃機能がない「腕時計型ライト」を所持している[注 24]。蓋を回すことで発光し、懐中電灯のようにして使用可能。防水加工が施されているが、30分程度で電池切れ(時計機能も使用不能)となる。
DBバッジ(探偵バッジ)[注 25]
探偵団が所有しているバッジ。シャーロック・ホームズのシルエットと「DB (DETECTIVE BOYS)」の文字が記されている。超小型トランシーバーと発信機が内蔵されており、メンバー同士の交信に使用や[注 26]犯人追跡メガネで受信可能。少年探偵団の名前の由来から、江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズに登場する鉛製のコイン「BD (Boys Detective) バッジ」を踏襲していることがうかがえる。
『異次元の狙撃手』では通信感度が良化されたほか、アンテナ先端にLEDライト(発光色は赤と青が選択可能)が追加され、任意の相手のバッジを光らせることが可能になったが、発光中にいわゆるモスキート音が鳴る不具合がある。
蝶ネクタイ型変声機[注 27]
阿笠がコナンに最初に提供した発明品。ネクタイの裏に付いているダイヤルを回し、変幻自在に声を出すことや音量調整が可能。一般のボイスチェンジャーなどとは異なり、単に声を変えるだけではなく知っている人物と声質を同じにすることまで可能であり、その幅広さを成功させる機能の詳細は不明。また、工藤優作が使用音を拾える集音器も使用しており、外見が白いタイプも存在する。多くの場合、小五郎を眠らせた後でこの道具を使用して「眠りの小五郎」として推理を披露するが、彼やほかに眠らせるのに適した人物がいない場合でも阿笠博士がいれば、博士の後ろで(博士には口パクで台詞に合わさせて)推理を披露する[注 28]。小五郎の声はダイヤルの59番で出せるが、使用頻度の高さゆえに印を付けてあったことから、メアリー世良に拾われた際には彼女がこの道具をすぐ使いこなす一因となった[17]。推理の披露以外には、蘭に新一として電話する手法としても使用されている[注 29]。また、ピスコと杯戸シティホテルで対峙した際には「コナンの声のまま使う」という拡声器代わりのような使い方をする描写も存在する[18]。
ガーゼマスク版の「マスク型変声機」も存在する[注 30]。
さらに、蝶ネクタイ型変声機の声を飛ばせる「ボタン型スピーカー」が存在する[注 31]。裏はシールになっている。推理を披露させる人物の襟首などに貼り付けることで、コナンが当人の側にいなくても推理を話せる。主にコナンが眠らせた人物から離れた場所でトリックの実証を行う場合、あるいは眠らせた人物の周囲に隠れる場所がない際に使用する。貼り付ける際は麻酔銃で眠らせた直後に貼り付けの作業を行うが、小五郎の場合、推理が終わると自分で起きたり、蘭や目暮警部に起こされたりしてしまうパターンがほとんどなので、スピーカーの回収をどのように行っているかは不明。
『水平線上の陰謀』には「カフスボタン型スピーカー」が登場し、小五郎がコナンから奪って身につけた。通常のボタン型スピーカーと違い、盗聴機能も備わっている。
ターボエンジン付きスケートボード[注 32]
太陽電池を使用して走るスケートボード。主にアニメオリジナルエピソード・劇場版・特別編で犯人追跡などの用途で使用される。『天国へのカウントダウン』ではほぼ助走なしでビルからビルに飛び移っていた。『探偵たちの鎮魂歌』ではスーパースポーツのバイクとカーチェイスを展開し、初代の時点でコナン・小嶋元太・円谷光彦の3人(合計78キログラム)が乗ってもびくともしなかったうえ、機敏に動いて乗用車を追いかけたり川を越えたりしていた。これらのことから相当の排気量や馬力を持つことがうかがえるが、前述の3人と歩美が乗ると(合計93キログラム)自転車にさえ追いつけないという描写もあった。『世紀末の魔術師』でソーラーバッテリーが組み込まれ、昼間に充電をしておけば夜間でも30分程度なら走れるように改良された。当初はほかの道具と同様にささいな原因で故障していた[注 33]が、その後はかなり丈夫になった模様。
『ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE』では車輪を格納することで水上でも走行可能なタイプが登場しており、オリジナルと比べて形や色が大きく異なる。防弾仕様であるというが、五ェ門の斬鉄剣により真っ二つにされた。
『沈黙の15分』にはスノーボード版である「ターボエンジン付きスノーボード」が登場した。雪の上なら平地だけでなく坂道も進むことが可能。また、説明されていないが、使用しない時には短くコンパクトにする描写がある。
なお、『まじっく快斗』にキックスクーター型やローラースケート型の同様の道具が存在し、怪盗キッドが使用している。
キック力増強シューズ[注 34]
コナンがいつも履いている赤いスニーカー。側面のスイッチを入れると電気・磁力によって足のツボを刺激し、筋力を高める。電流を使用した時には、靴の側面などから放電を行っている描写がある。このほか、レベル「中」でサッカーゴールのネットを突き破って木を真っ二つにしたり[19][注 35]、キャベツを蹴って粉々にするほどの威力を持っていた。地面を蹴り上げて走ったり、普段より高く跳躍したり、ジェットコースターのガードを破壊したりするといった用途にも使用される。
伸縮サスペンダー[注 36]
コナンが普段身に着けているサスペンダー。スイッチを入れるとベルト部分が自由に伸縮し、ボタン1つで重い扉を開ける、パチンコの要領で物を飛ばす武器としても使用可能なほど強力である。ベルト部分は強靱(きょうじん)で、劇中では一度もちぎれていない。原作で伸縮機能を使ったのは初登場時のみであるが、第82巻(アニメ第751話)で身に着けているので、現在も所持している模様。
上記の原作以外では劇場版やアニメオリジナルストーリーで登場。『漆黒の追跡者』では、100メートルまでの伸長が可能になった。『異次元の狙撃手』『純黒の悪夢』では、ベルトをしていたためにサスペンダーは身に着けていないが、どこからともなく出している。
犯人追跡メガネ[注 37]
コナンが普段かけているメガネ。コナンの素顔は新一の幼少時代であり、そのことを周囲に悟られないようにするためにかけている[注 38]ので、度は入っていない。左のツルにあるスイッチを入れるとフレームの左側にあるアンテナが伸び、左レンズに20キロメートル以内の発信機の現在地がレーダーで映る。充電式であるため、バッテリーの持ち時間が短いのが弱点であり、肝心な時にバッテリー切れを起こすことも多い。また、バッテリー以外にも眼鏡という構造の関係から衝撃に弱い弱点も抱えており、『水平線上の陰謀』では園子が霊安室の棺に閉じ込められて凍死の危機に陥った際に彼女が借りていた元太の探偵団バッジの電波を探ろうとしたが、前日に床に落としたせいで不具合を起こして園子の捜索に時間がかかってしまった。『天国へのカウントダウン』で右レンズ(『銀翼の奇術師』と『紺碧の棺』のみ左レンズ)に赤外線望遠鏡機能が追加され、後に原作でも使用されている[20]。暗視モードがあり、夜間でも見ることができる。さらに『戦慄の楽譜』ではサーモグラフィー機能が追加された(こちらは原作未登場)。透明なガラスに映像を投影するというシステムは、HUDと同様である。この他、『世紀末の魔術師』では拳銃の弾丸を跳ね除けている。これは目を狙い撃つスコーピオンへの対応策であり、事前に博士によって「特別製の硬質ガラス」に防弾加工がされている。
右のツルの先端には盗聴器、左のツルの先端には集音器が付いている。スペアを灰原が所持している。
犯人追跡メガネと同時に博士が発明した「犯人追跡メガネ発信機」も存在する[注 39]。普段はコナンのジャケットのボタンについており、裏面がシールになっているのでどこでも容易に取り付けられる。初期は1枚タイプだったが、その後は10枚ほどめくれるタイプに改良。半径20キロメートルまで探知可能。なお、盗聴機能付きのタイプやボタン型のものも登場している。
どこでもボール射出ベルト
コナンが普段身に着けているベルト。一見ただのベルトに見える(コナンいわく「どう見てもただのベルトには見えない」)が、ダイヤルを合わせてボタンを押すと伸縮自在の特殊なゴムにガスが注入され、バックル部分からサッカーボールが射出される。ゴムの性質上ベルトから離れたら10秒程度しか形を保っていられないが、それでも非常事態において被害者を襲おうとしている犯罪者に対し、キック力増強シューズで物を蹴り飛ばす際のタイムロス短縮に役立っている。注入するガスの量次第でボールの大きさがアドバルーン大にもなり、狭い場所で犯人の動きを封じたり、高所から落下した際に衝撃吸収のクッション代わりに利用したりすることが可能。なお、劇中では明言されていないが、1つのベルトから複数のボールを射出できることがうかがえ、コナンが使用後にボールを回収するシーンも見られる。
『異次元の狙撃手』からは、サッカーボールとは別に蹴り上げると花火のように光りながら爆発する「花火ボール」を射出できるようになった。
登場以降、劇中でのベルトの使用頻度や実用性・応用性は非常に高いが[注 40][注 41]、公式サイトのアイテムのページには掲載されておらず、劇場版のオープニングのアイテム紹介で詳しく説明されることがある。
弁当型携帯FAX[注 42]
単に市販のハンディファックスを弁当箱に組み込んだだけの物。ご飯部分の梅干しが起動スイッチになっている。おかずは本物で、阿笠博士の手作りである模様[注 43]。博士は「新開発」と言ったが、コナンいわく「市販のFAXを弁当箱に取り付けただけの代物」。10時間ごとに充電しないと使用不可能なのが難点で、本編では2017年現在までで1回しか登場していないが、スピンオフ作品「犯人の犯沢さん」においてはその奇抜さゆえに度々ネタにされている。
イヤリング型携帯電話[注 44]
イヤリング型の小型携帯電話。蝶ネクタイ型変声機の音を飛ばすことが可能。バスジャック事件[21]で一度犯人に奪われてしまったが、その後の第31巻から第33巻では、毎巻登場するなどの便利ぶりを見せている。コナンが新一の声で事件の真相を伝えることで、蘭に探偵役を頼んだ際にも使用している[22]。携帯電話の普及を経て、コナンたちがスマートフォンを所有した2013年以降の作品からは使用されていない[注 45]。
ボイスレコチェンジャー[注 46]
自分の声を録音可能で、子供の声から大人の声まで出せるペン。コナン・灰原以外の少年探偵団の全員が所持している。一般販売するためにバンダイ(作中設定だが、同社より実際に3800円の価格で発売されたこともある)の特殊科学班と共同開発した物(蝶ネクタイ型変声機の玩具版)で、博士はこの発明で多額の契約金を得た。アニメでは仮面ヤイバーが描かれたカード型の道具に変更されており、名前も「ヤイバーレコチェンジャー」となっている。
ノート型電子マップ
外見は普通の算数ノートでデータの絞り込みなどが可能。原作未登場で、特別編第1巻FILE.2「誘拐」およびそれを原作としたアニメ第86話「誘拐現場特定事件」でのみ登場。
チョーカー型変声機
赤井を沖矢昴に変装させる際に使用された変声機。外見は普通のチョーカーで、服のハイネックによって隠れるほどの大きさである。首に巻き、喉の振動を利用して自在に声を変えられる。元々はストーカーの迷惑電話対策として近所の住人に販売していたものだが、後に販売中止となった。
舞台
作品の主な舞台は東京都内の架空の町や施設で、多くの名称は推理小説に由来している。

毛利探偵事務所(もうりたんていじむしょ)
米花町5丁目[注 47]で、毛利小五郎が経営している私立探偵事務所。ビルは3階建てで、1階に喫茶ポアロ、2階に探偵事務所、3階に毛利家の居住スペースが存在する。
喫茶ポアロ
毛利探偵事務所の下に構えられている喫茶店。名前の由来はエルキュール・ポアロで、推理好きのマスターが名付けた。現在は榎本梓や安室透らが勤務している。『タッチ』に登場する喫茶店「南風」がモデルとなっている[23]。
帝丹小学校(ていたんしょうがっこう)
コナンや少年探偵団が通う小学校。創立以来40年近く経過しており[注 48]、もはやまともに使われていない倉庫すら存在する。現在の校舎は使われ始めて30年が経過しており、新一と蘭はここの卒業生である。
校長は植松竜司郎、1年B組担任は小林澄子。新出智明は帝丹小学校と高校の校医を兼任している。
名前の「帝丹」(ていたん)は「探偵」(たんてい)のアナグラムである。
帝丹高校(ていたんこうこう)
新一や蘭たちが通う高校。小五郎や妃英理、工藤有希子はここの卒業生である。
FBI捜査官のジョディ・スターリングは、潜入捜査のために一時期ここで英語教師をしていた。
妃法律事務所(きさきほうりつじむしょ)
英理の経営する法律事務所。秘書として栗山緑が勤務している。
警視庁
東京都を管轄する都警察の本部。目暮警部をはじめとする多くの刑事・警官が所属する。
米花町(べいかちょう)
東京都米花市米花区[24]の町。新一や蘭を含む多くの主要人物が住む。2丁目には新一と阿笠博士の家が、5丁目には毛利探偵事務所が存在する。
作中でも舞台になることが多く、米花博物館や米花公会堂・米花水族館・米花スタジアム・米花シティホール[注 49]などのほか、ホテルや百貨店なども登場する。
町名の由来は、コナン・ドイルの小説『シャーロック・ホームズシリーズ』の主人公、シャーロック・ホームズの住む街として有名な実在の町、ベイカー・ストリート。工藤家の住所である2丁目21番地もホームズの住所(221B)が由来で、「米」がイギリス国旗のユニオンジャックに似ているために使用している。
トロピカルランド
第1話や劇場版第4作『瞳の中の暗殺者』などの舞台である遊園地。東京ディズニーランドがモデルである。
堤無津川(ていむずがわ)
米花町を流れる川。川辺の会場で行われた「堤無津川凧揚げ大会」に参加したコナンたち少年探偵団は、そこで殺人事件に巻き込まれた。なお、劇場版第1作『時計じかけの摩天楼』では堤向津川緑地公園で爆発事件が起きており、堤向津川(ていむずがわ)という同じ読み方の別の川が存在する。
川の名の由来は、『シャーロック・ホームズシリーズ』に登場する実在の川・テムズ川。
杯戸町(はいどちょう)
東京都内の町。杯戸シティホテル[注 50]や杯戸中央病院[注 51]・杯戸公園がある。海に面しており、杯戸港(はいどこう)という港も存在する。
町名の由来は、『シャーロック・ホームズシリーズ』やロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説『ジキル博士とハイド氏』に登場する実在の公園・ハイド・パーク。
1年前に成瀬市を併合した杯戸市[25]も存在するが、杯戸町との関係は不明。
西多摩市(にしたまし)
東京都内の市。原作では何度か名前が登場するだけであるが、劇場版では舞台となることが多い。第1作『時計じかけの摩天楼』では新一が市長の交通事故の真相を暴いたことが明らかにされた。第5作『天国へのカウントダウン』の舞台となる日本一高いツインタワービルや第12作『戦慄の楽譜』で登場する音楽の森・堂本アカデミー音楽ホール、第14作『天空の難破船』でテロ組織による襲撃を経て爆破された国立微生物研究所が存在する。
来葉峠(らいはとうげ)
FBI捜査官の赤井秀一がキールに射殺されたように偽装された場所。
峠の名の由来は、シャーロック・ホームズが『最後の事件』で宿敵モリアーティ教授とともに崖から落ちて死んだとされるライヘンバッハの滝[注 52]。
日売テレビ(にちうりテレビ)[26]
コナンの劇中に何度か登場するテレビ局。度々事件の舞台となっている。日売テレビは原作、テレビアニメでは東京にあるが大阪・京都が舞台の劇場版から紅の恋歌では大阪の日売テレビが登場する。[27]名前の由来はコナンを放送している日本テレビ系のキー局、日本テレビとコナンを制作している日本テレビ系準キー局、読売テレビから。
東都環状線(とうとかんじょうせん)
劇中で登場する鉄道。劇場版第1作『時計じかけの摩天楼』で初登場した。駅名は山手線のものをモチーフにしたもの(例:「有楽町」→「無楽町」など)になっているものがあるが、ミステリーツアーなどJRとのタイアップが組まれるエピソードでは実際の山手線が登場する。車両は初期は外観が205系(シルバーに青いライン)、アニメ第599話「セイギノミカタ」ではE231系(実際の山手線と同色)となっている。
東都タワー(とうとタワー)
劇場版第13作『漆黒の追跡者』の舞台。原作やアニメでも複数回登場する。東京タワーがモデルである。
東都ベルツリータワー(とうとベルツリータワー)
劇場版第18作『異次元の狙撃手』の舞台。ベルツリータワー、ベルツリーなどとも呼ばれる。モデルは東京スカイツリーである[注 53]。なお、ベルツリーは鈴木を英語読みにしたもので、鈴木財閥によって建設されたとされている[注 54]。
『ルパン三世』とのクロスオーバー第2作『ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE』には、東都ベルツリータワーに似た建物が登場する[注 55]。
東都スタジアム(とうとスタジアム)
劇場版第16作『11人目のストライカー』の舞台。『ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE』では『11人目のストライカー』で爆破された設定を引き継いで改修が完了しており、エミリオ・バレッティのライブ会場として登場する。
東都水族館(とうとすいぞくかん)
劇場版第20作『純黒の悪夢』の舞台。鈴木財閥の資本が入っており、二輪式観覧車も設置されている

U18 野球

WBSC U-18野球ワールドカップ(英語:WBSC U-18 Baseball World Cup )は、世界野球ソフトボール連盟(WBSC)主催により、隔年で開催される、16歳から18歳の各国・地域代表選手で競われる野球の国際大会である。

旧称は「18U(AAA)世界野球選手権大会」、「18U野球ワールドカップ
大会概要
1981年にアメリカ合衆国で第1回大会が開催され、当初は毎年開催されていたが、現在は隔年で開催されている。世界選手権が開催されない年は、世界選手権への予選を兼ねた各地域ごとの大会が開かれている。

以前はAAA世界野球選手権という大会名であったが、このAAAとは区分上のランクを表し、主要ランク(国際野球連盟における区分としては大学生以上の一般成人)に対するそれ以下の年齢ランクの区分を表している。他の類似例として、アメリカ合衆国国内野球におけるメジャーリーグに対するマイナーリーグの最上位区分としてのAAA(トリプルエー)があるが、この例は主に技量による区分であり、これと国際野球連盟におけるAAAは対象・用法が異なる。

2011年12月3日にアメリカ・ダラスで開催された第26回IBAF会議において、AAA世界野球選手権大会を2012年第25回大会をもって廃止するとともに、2013年より18Uワールド・ベースボール・クラシックを隔年で開催することが発表された[1]。IBAFと、WBCを主催するメジャーリーグベースボール(MLB)機構の共催により行われ、WBCのユース版とする構想[2]であったが、2013年大会においては延期となり、18U野球ワールドカップとして実施された。

2011年の国際野球連盟主催の国際大会再編による影響で、偶数年開催から奇数年開催に変更されたため、2012年大会と2013年大会は2年連続の開催になった。

2013年の世界野球ソフトボール連盟(WBSC)発足に伴い、第27回大会からWBSC主催となり、大会名も「WBSC U-18ワールドカップ(WBSC U-18 Baseball World Cup)」と改められることになった[3][4]。

大会形式
大会進行
オープニングラウンドでは、12チームが6チームずつの2グループ(グループAとグループB)に分かれ、総当たりで試合を行う。各グループ上位3チームがスーパーラウンドへ、各フループ下位3チームはコンソレーションラウンドに進出。
スーパーラウンドに進出した各チームは、オープニングラウンドの別組の3チームとそれぞれ対戦を行う。各チームの順位は、スーパーラウンドでの試合結果と、オープニングラウンドの試合のうちスーパーラウンド進出チームとの対戦結果を合算して求められ(計5試合)、1位・2位チームが決勝戦、3位・4位チームが3位決定戦に進出する。残りの5位・6位チームはそのまま最終順位が確定する。
コンソレーションラウンド進出チームも上記スーパーラウンド同様に求められ、7位から12位の最終順位が確定する。
スーパーラウンドおよびコンソレーションラウンド以降の先攻と後攻の選択は、コイントスにより決定する。
試合ルール
9回終了時に同点の場合、延長10回からタイブレークを採用。ノーアウト1・2塁から試合を行い、打順は前回のイニングの続きからとし、前イニングの最後から数えて2名がそれぞれ1塁・2塁のランナーとする。
日本チームの参加
日本では夏の甲子園が同時期に開催されているため、長らく世界選手権への参加は困難となっていた。年齢制限が19歳以下であった1982年の第2回大会は東都大学野球連盟の1・2年選抜選手、1999年の第18回大会にも沖縄県の選抜選手による参加はしていたが、甲子園出場選手を含んだ全日本チームとして出場したのは、9月の開催となった2004年の第21回大会が初めてであった(監督・渡辺元智)。2006年の第22回大会は再び不参加となり、2008年・2010年は前年のAAAアジア野球選手権大会(2007年は社会人・専門学校生で、2009年は予選敗退校の高校生で代表を編成)で3位以下に終わったことにより出場権そのものを得られなかった(両大会は地方大会と重なる7月末から8月初旬に行われたため、出場権を獲得していたとしても甲子園出場校の高校生の参加は事実上不可能であった)。

2012年は前年のAAAアジア大会優勝により出場した(監督・小倉全由)。

2013年の第26回大会から、西谷浩一が監督に就任。また、これ以降はワールド・ベースボール・クラシックのプロ野球選手による代表と同じ「侍ジャパン」仕様のユニフォームを着用するようになった。

2015年の第27回大会は、大会史上初めて日本で開催。第97回全国高等学校野球選手権大会終了直後の8月28日から9月6日まで、阪神甲子園球場および大阪府内の3球場(豊中ローズ球場・大阪市南港中央野球場・舞洲ベースボールスタジアム)で開かれた[4]。地元開催で初優勝を狙った日本チームは決勝戦まで全勝で勝ち進むも、3連覇を狙うアメリカの前に敗れ初優勝はならなかった。

2017年の第28回大会は、前年の第11回 BFA U-18アジア選手権大会から引き続き、小枝守が指揮を執る。

テレビ中継
2013年大会は、BS朝日が日本代表の試合を放送。実況はテレビ朝日と朝日放送(ABC)のアナウンサーが担当した。また、日本が決勝に進出したため、決勝戦(9月8日)の中継は地上波のテレビ朝日系列フルネット全24局でも急遽放送された。

2015年大会では、会場がいずれもABCのサービスエリア内にあったため、BS朝日がABCの制作協力を受けて日本代表の全試合を中継。また、「バーチャル高校野球」(朝日新聞社とABCが共同で運営する全国高等学校野球選手権大会関連のポータルサイト)経由で、中継およびダイジェストの動画を配信した。さらに、日本がスーパーラウンド第2戦(9月4日)で韓国に勝利したことで決勝進出を確定させたため、同ラウンド最終戦(5日の対キューバ戦)の中継はテレビ朝日とABCテレビでもBS朝日と並列放送を行い、決勝戦(6日の対アメリカ戦)の中継はBS朝日での放送を取りやめる代わりに地上波のテレビ朝日系列フルネット全24局で急遽放送された。

2017年大会は全試合をWBSC公式YouTubeチャンネルでライブ配信。一部試合は放映権を持つ国は視聴不可。日本ではAbemaTVとテレビ朝日で一部中継された

ニッキーミナージュ

“ニッキー・ミナージュ”(Nicki Minaj)ことオニーカ・タニア・マラージ[3](Onika Tanya Maraj、1982年12月8日 - )[1][2]は、米国のラッパーおよびシンガーソングライター[4]。2009年8月にユニバーサル・モータウンのヤング・マネー・エンターテインメントと契約[5]。初期の経歴で、3つのミックステープ『プレイタイム・イズ・オーバー』『サッカ・フリー』『ビーム・ミー・アップ・スコッティ』を発売[6][7]。ミックステープ発売後、アメリカのラッパー仲間リル・ウェインに見出され、ヤング・マネー・エンターテインメントと契約[8]。

契約後、デビューアルバムの制作を開始し、『ピンク・フライデー』として2010年に発売、Billboard 200で初登場2位を記録[9]。米国でプラチナ認定を受けた[10]。Billboard Hot 100で、自身が参加した7曲が同時にチャート入りするという記録を打ち立てた[11]。2枚目のシングル「ユア・ラブ」はBillboardホット・ラップ・ソングチャートで首位を獲得。これにより、2002年以降で単独でチャート首位を獲得した初の女性ラッパーとなった[12]。デビュー・アルバム『ピンク・フライデー』発売後、MTVが発表する「今年のホットなMCリスト」に6位となり、女性アーティストとして初めて選出された
生い立ち
1982年、トリニダード・トバゴセントジェームスでオニーカ・タニア・マラージ[3]として生まれた。弟と兄がいる。両親はインド系とアフリカ系である[14]。両親がニューヨーク市クイーンズで住居を探す間、彼女は祖母とセントジェームスで暮らしていた[15]。母親は時折、セントジェームスの家を訪れた。ミナージュが5歳の時にクイーンズに移り住む。

ミナージュの話によると彼女の父親は酒や薬物を飲んでは暴れて、過去に自宅に火をつけてミナージュの母を殺そうとしたことがあった。エリザベス・ブラックウェル中学校210に通いクラリネットを演奏した。ラガーディア高校卒業[1][16]。ラガーディア高校は音楽や公演美術などを学べる学校で、ミナージュは演劇を専攻していた[1]。かつてブロンクスのレッドロブスターに勤めていた[1]。

音楽活動
2004年 - 2009年:初期のキャリアとミックステープ
ミナージュが制作したミックステープの幾つかが音楽雑誌『XXL』で取り上げられた[17]。2008年にアンダーグラウンド・ミュージック・アワードで女性アーティスト・オブ・ザ・イヤー賞を受賞した[18]。2009年4月にミックステープ『ビーム・ミー・アップ・スコッティ』を発表した[19][20]。

2009年 - 現在:コラボレーションと『ピンク・フライデー』
2010年4月13日、彼女最初のシングル『マッシブ・アタック』を発表した[21]。アレックス・ダ・キッドと共に制作されたこのシングルはショーン・ギャレットをフィーチャリングしている。シングルのミュージック・ビデオはハイプ・ウィリアムスが監督を務め、同年3月26日にカリフォルニア州ランカスター近くの砂漠で撮影が行われた[22]。ギャレットが主演、モデルのアンバー・ローズがカメオ出演したビデオはBET's & パーク上で初公開された[22][23][24][25]。シングルはアメリカのバブリング・ホット100で最高22位、ホットR&B/ヒップホップソングチャートで65位を記録した。決して成功したとは言えなかったが、曲自体は流行った。このシングルは彼女のデビューアルバムには収録されていない[26]。

次にデビューアルバムからの最初のシングルとして『ユア・ラブ』を発表した。ミックステープ『バービー・ワールド』のバージョンが漏らされ、それがラジオで多くのエアプレーがされた後の発売だった。シングルはBillboard Hot 100で最高14位、ホットR&B/ヒップホップチャートで7位、ラップソングチャートで1位を獲得するなど、彼女のこれまでで最も成功したシングルになった。また、2002年以来、ソロでチャートの1位を獲得した女性ラッパーになった[27][28]。リル・Xが監督を務めたシングルのミュージックビデオは7月4日に撮影され、7月21日に初公開された[29]。

デビューアルバムからの2枚目のシングル『ライト・スルー・ミー』はアルバム発売日近くに発表される。ミナージュは自身のTwitterでデビュー・アルバム『ピンク・フライデー』が2010年11月23日に発売されると発表した[5]。

2010年10月、Billboard Hot 100に『ライト・スルー・ミー』『ユア・ラブ』『チェック・イット・アウト』を含む7曲が同時にチャート入りし、同チャートの同時チャートイン最多記録を打ち立てた[30]。

2011年、リリースしたシングル『Super Bass』がBillboard Hot 100でトップ10にチャートインしている

音楽性とイメージ
イメージ
雑誌『バイブ』でのインタビューで、自身の性的なイメージについて「私は成長していく中で、女性があることをしているのを見たの。そして、私も同じことをしなければならないと思った。私の時代の女性ラッパーはよくセックスについて歌っていたの。彼女たちがそれで成功したから、私も同じことを歌わなきゃいけないと思っていた。でも実際、私はそんなことしなくてもよかったの」と語った[31]。雑誌『インタビュー』とのインタビューで、再び自分の性的なイメージについて語り、「私は性的魅力を意識的に弱くすることで、みんな、特に若い女の子たちに、人生ではセックスアピールがすべてじゃないって知ってもらいたいの。他にも何かがなくてはいけないのよ」と述べた[32]。 奇抜な衣装や髪型が持ち味だが、その装いがしばしばレディー・ガガに似ていると指摘されることがある。しかし本人はあくまで否定している。ABCテレビの「Nightline」のインタビュー内で、レディー・ガガと比較されることについて「もうくたびれる。私はラッパーだし、クィーンズ出身。ガガは素晴らしいアーティストだが、路線が一致することはない」と述べている。

分身
ミナージュは、いつも両親のトラブルや闘争に巻き込まれた[33]。彼女はそういった実生活の問題から逃れる為に、自分とは違うキャラクターを作って新しい生活を送ろうとした[33]。雑誌『ニューヨーク』とのインタビューにおいて、「親の問題から逃れるために、私は新しい自分を想像するの。“クッキー”というのが、最初のアイディアだった。次に“原宿バービー”、そして“ニッキー・ミナージュ”という順にキャラクターを作った。ファンタジーは私の現実だった。私はそんな感じのうっとうしい少女だった。」と述べた[33]。

彼女はデビューアルバムの為に「ローマン・ゾランスキ」[3]という新たな分身を作った[34]。トレイ・ソングスの『ボトムズ・アップ』の様な曲でラップを歌っているのはローマンで、ローマンは「双子の姉妹」であると主張した。ローマンはエミネムの分身「スリム・シェイディ」と比較された。デビューアルバム『ピンク・フライデー』に収録されている「ロマンズ・リヴェンジ」で、2人はそれぞれの分身を利用して、共同で楽曲を制作した[35]。ローマンには「マーサ・ゾランスキ」という「母」がおり[36][37]、同アルバムからの曲「モーメント4ライフ」のミュージックビデオで、デビューを果たした。『オール・アイ・ドゥ・イズ・ウィン(リミックス)』の様な曲で歌っているのはニッキーであると述べている。ミナージュはデビューアルバムと当時に彼女のファンがニッキー、ローマン、オニカと「会う」ことになるだろうと語った[34]。

2010年11月18日に、ニューヨーク市のガーデン・オブ・ドリーム・ファンデーションを訪問した際は、「ファンのための治療者」として「ニッキー・テレサ」という分身を装った[38]。同年12月16日放送回のトーク番組『ロペス・トゥナイト』に出演した際に、スペインでの出来事に感化されて作った「ローザ(綴りは"Rrrrrosa")」という分身を紹介した[39]。

影響
自身の音楽性に大きな影響を与えた人物としてリル・ウェイン、ローリン・ヒル、ジェイダキス、ナターシャ・ベディングフィールド、フォクシー・ブラウン、リル・キム、モニカの名前を挙げている[40][41]。

私生活
ミナージュの歌とインタビューには彼女が両性愛者であるという含意があると批評された[42][43]。ミナージュは自分は女性と交際しないし、性交渉もしないと述べた[44]。しかし、同性愛専門誌『アウト』のインタビューで「私は男性ともデートしない」と答えている[45]。雑誌『バイブ』のインタビューでは「私はすべての人の生き方を認めているの。誰も悪人だとは言わない。それと、私は女の子たちは美しくて、セクシーだと思う。それを彼女らは言われないといけない。もしそう言う人が誰もいないのなら、私が伝えるつもりよ。みんなは私をこうだと決めつけたがるけど、私はそれがいやなの」と語った[46]。『アウト』のインタビューでも決めつけられることへの嫌悪を繰り返し語り、「重要なのは、誰もが白や黒ではないということ。その間にはとてもたくさんの色があるわ。貴方は彼らがいつそれを言いたいのか、言うことを望んでいるのか、言うのに適した環境であるかを感じなきゃいけない」と述べた[45]。

雑誌『ディテイルズ』2010年5月号のインタビューにおいて、「ヒップホップが同性愛者によりフレンドリーになっていると感じるか」と尋ねられた際に「私は世界がよりゲイ・フレンドリーになってきていると思う。ヒップホップもそうだと思う。しかし、好意的に受け入れられたオープンな同性愛者の男性ラッパーを想像するのは難しいわ。人々は男性の同性愛者には先進性がないって言う。でも、私の生きている間には、そういった人が現れると思うわ。」と答えた[43]。

ラガーディア高校在学中の18歳当時、1歳年上の先輩と付き合っていた時に妊娠したが、当時の状況でやむなく中絶した。ミナージュはこの時のことを「人生で最も辛いことだった」と語っている。

2015年4月16日に同じくラッパーのミーク・ミルと婚約をした[47]。

左腕に「上帝與你常在」と中国語(繁体字)のタトゥーを彫っている。意味は「God is always with you」(神はいつでもあなたのそばに)。

ディスコグラフィ
詳細は「ニッキー・ミナージュの作品」を参照
スタジオ・アルバム

Pink Friday(2010年)
Pink Friday: Roman Reloaded(2012年)
The Pinkprint(2014年)
Queen (2018年)
受賞とノミネート
2008年 アンダーグラウンド・ミュージック・アワード
女性アーティスト・オブ・ザ・イヤー(受賞)[18]
2010年 BETアワード[48]
優秀女性ヒップホップアーティスト(受賞)
優秀新人賞(受賞)
優秀グループ(ヤング・マネー) - (受賞)
優秀新人賞(ヤング・マネー) - (ノミネート)
視聴者賞:『ベッドロック』(ヤング・マネー feat. ロイド) (ノミネート)
2010年 ティーン・チョイス・アワード[49]
ブレイクアーティスト - 女性(ノミネート)
2010年 MTV Video Music Awards[要出典]
優秀新人賞: 『マッシブ・アタック』(feat. ショーン・ギャレット) (ノミネート)
2010年 BETヒップホップ・アワード
新人賞(受賞)
ファッション賞(受賞)
視聴者賞(受賞)
年間ハスラー賞(ノミネート
年間作詞賞(ノミネート)
2010年 MOBOアワード
優秀国際アクト(ノミネート) [50]
2012年グラミー賞
最優秀新人賞(ノミネート)
2015年MTV Video Music Awards
最優秀ヒップホップ・ビデオ賞 - 「アナコンダ」[51]
2015年MTVヨーロッパ・ミュージック・アワード
最優秀ヒップホップ賞

池江璃花子

池江 璃花子(いけえ りかこ、2000年7月4日 - )は、東京都江戸川区出身の競泳選手。専門は自由形とバタフライ。2018年8月28日現在、身長171cm[2][3]、リーチは186cm[2]、足のサイズは26.5cm[4]。ルネサンス所属[4][5]。マネジメント契約先は株式会社ジエブ[6][7]。2019年7月30日現在、個人種目11個[※ 1]とリレー種目5個[※ 2]、計16種目の日本記録を保持している
経歴
幼少期
2000年7月4日、自宅の風呂場で水中出産[※ 3]により誕生した[4]。生後2ヶ月頃から母親が運営する幼児教室に通い超早期教育を受ける[8][9]。
幼児教室の講師を務める母親が、脳の発達に雲梯が良いと本で読んだことから、生まれてすぐに雲梯に取り組んだ。生後6か月で母親の親指を握ってぶら下がり、1歳6か月の時には鉄棒の逆上がりをこなしたと言う[10]。
水泳は兄姉の影響で3歳10ヶ月から始め、5歳の時には、自由形・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライの4泳法すべてで50mを泳げるようになった[11]。
小学時代
地元の江戸川区立西小岩小学校に通うかたわら、東京ドルフィンクラブ江戸川スイミングスクールで3歳から中学1年まで練習に励んだ。小学6年時に記録した100mバタフライの「1′02″3」は、昭和48年創立の同スクールの「大人も含めた最速記録」で、いまだに破られていない[12][13]。
小学3年頃から全国レベルの大会に出場するようになる。2010年のJOC春季ジュニアオリンピックカップ(以下JOC春季大会)では、50mバタフライ(10歳以下区分)で決勝進出者中ただ一人の小学3年生(他はすべて4年生)ながら3位に輝いた。
また、中学入学直前に出場した2013年のJOC春季大会の50m自由形(11~12歳区分)で優勝し、本人初めての全国優勝を達成した[14]。
中学時代
2013年4月、江戸川区立小岩第四中学校に入学。
6月、より高いレベルの練習環境を求めてルネサンス亀戸へ移籍した[15]。
8月の全国中学校水泳競技大会の50m自由形で2位。続くJOC夏季大会(13~14歳区分)では、50m自由形と100mバタフライで3位に入った。
2014年3月のJOC春季大会(13~14歳区分)では、50mおよび100m自由形で短水路中学記録を更新して優勝。50mバタフライでも優勝を飾った[16]。
2014年4月、第90回日本選手権の50m、100m自由形、50mバタフライに出場。全ての種目で中学生としてただ一人決勝に進んだ(他の決勝進出者は全員大学生以上)。特に50m自由形では4位に入り、6月のジャパンオープンの同種目においても4位となった。
8月の第54回全国中学校水泳競技大会50m自由形では、源純夏が1994年に樹立した当時最古の中学記録を、実に20年ぶりに0秒02更新する25秒60で優勝を飾った[17]。100m自由形では同じルネサンス系クラブ所属で1学年上の持田早智に次ぐ2位。その後出場した国際大会のジュニアパンパシフィック選手権では、50m自由形、100m自由形で中学記録を更新し、100mバタフライで3位に入った[5]。
10月のワールドカップ2014東京大会の50m、100m、200m自由形の3種目全てで短水路中学新記録を樹立するなど、次々と各種の短水路や長水路の大会で中学記録を更新した。
2015年1月に開催された東京都選手権の100mバタフライでは、世界選手権の派遣標準記録に0秒23と迫る58秒27で優勝して、ロンドン五輪200mバタフライ銅メダリストの星奈津美に勝利した[5][18]。
2015年4月、第91回日本選手権に出場。世界選手権の代表入りを狙った得意種目の100mバタフライで20位に終わり予選落ちするも、その後の50m自由形で25秒28、100m自由形で54秒76、200m自由形では1分58秒77の中学新記録でそれぞれ3位に入賞。さらに50mバタフライの予選で26秒41の中学記録を樹立するとそのまま決勝も制し、青山綾里(1996年に100mバタフライで優勝)以来19年ぶりとなる中学生全日本チャンピオンとなった。また200m自由形で3位に入ったことで、世界選手権のリレー選手に選出され、2001年に100mバタフライで世界選手権代表となった春口沙緒里以来14年ぶりに中学生で日本代表入りを果たした[19][20][21]。
5月のジャパンオープンでは200m自由形で日本歴代2位となる1分58秒01で2位に入ると、50mバタフライでは26秒35の中学記録で優勝[22][23]。これらの活躍が認められ、世界選手権ではリレーのみならず、個人種目の50mバタフライにも出場することが決まった[24]。
8月の世界選手権、池江を第2泳者に据えた日本チームは400mフリーリレーで9位、800mフリーリレーでは7位となり、12位までに与えられるリオ五輪の出場権を獲得した。男女混合400mリレーは予選10位、個人種目の50mバタフライは26秒66の予選19位となり決勝進出を逃した[25][26][27][28]。
続く第55回全国中学校水泳競技大会では100mバタフライと200m自由形をそれぞれ大会新記録で制した[29]。
さらにシンガポールで開催された第5回世界ジュニアでは、50mバタフライと100mバタフライで優勝、50m自由形で2位、100m自由形で4位、400mメドレーリレーで3位、400mフリーリレーでは4位になった[30][31]。
9月の国体では50m自由形で日本記録に0秒03と迫る24秒99、100m自由形で54秒38の中学新記録でそれぞれ優勝し、アンカーをつとめた400mフリーリレーと400mメドレーリレーでも東京都の優勝に大きく貢献した[32][33]。
10月のワールドカップ東京大会では、最初の200m自由形こそ予選9位で決勝進出を逃したが、100mバタフライで加藤ゆかの日本記録を0秒21更新する57秒56の日本新記録で優勝したのを皮切りに、50m自由形は3位、100m自由形は54秒14の中学新記録で優勝、50mバタフライは26秒17の世界ジュニア記録で優勝と、得意の4種目で表彰台に上がった。この際「今まで以上にスピードを出せて勝つことができた」「(100m自由形は)国体でベストを出したばかりなのにまた出せた。まだまだ出ると思う」と自らの成長に自信と手応えをのぞかせた[34][35][36]。
2016年1月の東京都選手権では、100m自由形で上田春佳の日本記録を0秒01上回る53秒99で優勝し、日本女子として初めて54秒台の壁を超えた[37]。
2月のコナミ・オープンでは50m自由形で内田美希の記録を0秒21上回る24秒74の日本新記録で優勝。これにより3種目の日本記録保持者となった。さらに同大会では、100mと200mの自由形も制した[38][39]。
高校時代
高校1年
2016年4月、淑徳巣鴨高校に入学するも、初登校する間もなくリオ五輪代表選考会を兼ねた第92回日本選手権に挑むことになる[40]。池江は4種目にエントリーし、リレーを含めた7種目での代表入りを狙った。大会を通じて、高校新7回、日本新1回、WJ新1回の活躍で、計4種目の代表権を獲得。さらにその後の5月から6月にかけて参加した大会での活躍と将来性が認められ、日本競泳史上初めて7種目での五輪派遣が決定した(→リオ五輪代表選考)。
5月のジャパンオープン、100m自由形でオーストラリアの強豪キャンベル姉妹と対決。前年の世界選手権銅メダリストで後に世界記録を樹立する姉ケイト・キャンベルには1秒半以上遅れたものの、世界選手権チャンピオンである妹のブロンテ・キャンベル(英語版)に競り勝ち53秒98の高校記録を樹立、キャンベル姉妹がオープン参加だったため優勝者となった[41]。また50mバタフライは世界ジュニア新記録となる26秒05で、100mバタフライは57秒57でそれぞれ優勝を飾った。200m自由形は五十嵐千尋に次ぐ2位だった[42][43]。
6月、欧州ツアー帰国からわずか3日後の東京都高校選手権、疲労と時差ボケが残る中、全日本選手権で内田美希に0秒11更新された100m自由形の日本記録を再び0秒19更新する53秒69の日本新記録で優勝[44][45]。代表選考に直接は関係ないものの日本選手権では届かなかった五輪派遣標準記録も0秒12上回った。
7月、五輪前最後の公式戦として三重県選手権にオープン参加で出場すると、50mバタフライで加藤ゆかの持つ従来の日本記録を0秒45と大幅に更新、25秒50の日本新記録を樹立した。これにより4種目の日本記録保持者となった[46]。
8月のインターハイは、池江、長谷川涼香、今井月、持田早智ら高校生五輪代表の「リオ五輪直後の大会」という事もあり立ち見が出るほど注目が集まった[47]。池江はブラジルから帰国後、羽田空港から直接開催地の広島に向かうという強行軍の中[48]、50m自由形と100m自由形で大会新を樹立し優勝、日本記録保持者の貫禄を見せつけた[49]。大会3日目の400mメドレーリレーは、池江、長谷川の代表2人を擁する淑徳巣鴨高校と、今井を擁する豊川高校の一騎討ちとなり、2泳の今井だけで6秒近いリードを作った豊川が、淑徳巣鴨の3泳長谷川とアンカー池江の猛追を振り切り優勝、淑徳巣鴨は1秒差の準優勝となった[50]。最終日、3泳を務めた800mリレー決勝ではトップと6秒差の6位でバトンを受け取ると、決勝出場者中ただひとり2分を切る1分57秒台の泳ぎで5人をごぼう抜きにし、さらに1秒以上のリードを作った状態でアンカーの長谷川に繋いだ。チームは大会記録を6秒以上更新して優勝を飾った[51]。
9月、岩手県で開催された国体に出場。前月だけで計30レースという超過密日程の中、「シーズン最後の大会で日本新を」と挑んだ50m自由形決勝において自らの日本記録を0秒07更新した[52]。
10月、東京で行われたワールドカップ2016東京大会(短水路)の100m個人メドレーにおいて、渡部香生子が保持していた従来の記録を1秒以上縮める58秒24の短水路日本新記録を樹立し、5種目の日本記録保持者となった[53]。
11月、東京で開催された第10回アジア水泳選手権の100m自由形決勝で自身の日本記録を0秒01更新する53秒68をマークした[54]。同大会では50m自由形、50m、100mバタフライ、及び400mメドレーリレーで優勝し、特に第3泳を務めたメドレーリレーでは引き継ぎながら100mバタフライの日本記録を0秒66上回るタイムで泳ぎ、日本の優勝に大きく貢献した[※ 4]。
12月、カナダ・ウィンザーで行われた第13回世界短水路選手権に出場。50m及び100mバタフライで銅メダルを獲得すると同時に、加藤ゆかが保持していたの両種目の日本記録も更新して7種目の日本記録保持者となった。
2017年1月、東京都水泳選手権の200m自由形決勝において五十嵐千尋の日本記録を0秒85更新し、8種目の日本記録保持者となった[55]。
2月18日、コナミ・オープンの50m自由形決勝において、苦手としていたノーブレス[※ 5]を初めて取り入れ、自身の日本記録を0秒19更新する24秒48[※ 6]で優勝した[56]。
3月、フランスに遠征し、FFNゴールデンツアーに参戦。200m自由形ではカティンカ・ホッスーを終始リードして勝利するなど、出場した5種目中4種目で優勝を果たした[57]。また50mバタフライ決勝では自由形に続いて自身初めてノーブレス泳法を達成した[58]。
3月29日、高校1年最後の競技会となるJOC春季大会に出場。内田美希が保持していた短水路50m自由形の日本記録を0秒17更新する24秒05で泳ぎ、9種目の日本記録保持者となった[59]。
高校2年
2017年4月、第93回日本選手権に出場。50m、100m、200m自由形、50m、100mバタフライの5種目にエントリーし、4日間で10レースを泳いだ池江は、ドーピング検査が長引いたことによる睡眠不足や[60]、食事を満足に取れずに体重を3kg落とすほどの過密スケジュールを物ともせず[61]、エントリーした種目すべてで優勝を果たした。自身が持つ日本記録の更新こそならなかったが、100m自由形および50m、100mバタフライの3種目では、2位に1秒以上の大差をつける圧倒的な強さを見せた。これによりそれまで最多だった2002年の萩原智子と2015年の渡部香生子の4冠を上回り、初めて日本選手権で5冠を達成した女子選手となった[62]。
8月の第6回世界ジュニア選手権において、50m自由形、50、100mバタフライで優勝。特に50mバタフライでは自身の日本記録を1年1ヶ月ぶりに更新する活躍で大会MVPに輝いた[63]。
高校3年
2018年5月23日、東京五輪に向けての新体制として、中学時代から指導を受けて来た村上二美也の元を離れ、元五輪代表の三木二郎を新たなコーチとすることを発表。それに伴い所属もそれまでの「ルネサンス亀戸」から単に「ルネサンス」へと変更された[64]。
史上初アジア競技大会日本選手6冠達成
2018年8月アジア競技大会ジャカルタに出場。50m、100m自由形、50m、100mバタフライ、400mフリーリレー、400mメドレーリレーの6種目で優勝。日本人初となるアジア競技大会6冠を達成し、大会MVPに輝いた[65]。
休養
2019年1月18日からオーストラリアで合宿を行い、2月10日に帰国予定だったが、体調不良のために切り上げて帰国することを7日に発表する。2月12日、自身のTwitterで帰国後に検査をした結果、白血病と診断されたことを公表[66]。このため、同年2月のコナミオープン水泳競技大会、4月の第95回日本選手権水泳競技大会といった公式競技会への出場を全て取り止めて療養生活に専念することとなった[67][68]。

大学時代
闘病中の2019年4月8日、日本大学スポーツ科学部に入学し、水泳部に入部することが発表された[69]。5月8日、公式サイトを開設[70]。

五輪での活躍
人物・エピソード
父親は元航空自衛隊パイロットで、身長190cm[91]。
母方の祖父は岐阜県郡上郡白鳥町(現在の郡上市白鳥町)出身であり、自身も度々郡上市を訪問するなど縁が深いこともあって、2018年12月に郡上市スポーツアンバサダー(親善大使)に就任した[92][93]
同い年の今井月とは今でこそ大親友だが、第一印象は最悪だったという。小学6年時に参加した全国合宿の研修会にて、今井の岐阜弁に言葉のきつさを感じた池江は「仲良くなるのは無理」と考えた。しかし中学2年の合宿で同部屋になり「実際に一緒にいたら楽しかった」と印象が一転。現在は今井の方も「何でも言い合える」と認めるほど仲が良い[94]。
中学の3年間で身長が15cm伸びた。中学時代の恩師が「給食でおかわりのジャンケンに男子に混ざって参加していた」と回想するほど食欲旺盛で[95]、本人も中学時代の思い出を訊かれた際に「一番楽しかったのは給食の時間。おかわりするために一生懸命ジャンケンしたり、みんなで笑いながら給食を食べられるのがすごく楽しかった」と答えている[96]。
好きな食べ物はチョコレートで、以前はレースの直前や合間にも食べていたが[97]、2016年6月の欧州遠征時に塩浦慎理から運動直前の糖分摂取によるインスリンショック[※ 9]の可能性を指摘され、大会中は我慢する様になった[98]。食事はバランス良く食べるようにしているが、魚介類、特に貝類は苦手である[99]。
海外遠征では現地の食事や飲み水が体に合わずしばしば体調を崩すため、非常に苦労している[100]。
多くのメディアで幼少からの雲梯が才能を伸ばしたと紹介されているが、本人は「水泳に関しては、雲梯をやっていた影響はそこまで大きくないと思う」と答えている[99]。ただ、腕が長い理由として「うんていぶら下がってたからかなぁ」と話している[101]握力は38kg[99]。
幼児期の早期教育のお陰で記憶力には自信があったが[11]、中学3年間で最も変化したことについては「中1の時はそこそこ学力もあったのに、頭がバカになった」と答えている[102]。
競泳選手以外でもフィギュアスケートの樋口新葉や卓球の平野美宇とは親交が深く、頻繁に連絡を取り合い食事をする仲である[103][104]。
名字のアルファベット表記「IKEE」は英語圏では「アイキーエ」と発音されてしまう[105][106][107]。
板キック(ビート板を持ってバタ足だけで進む泳法)は50m33秒[101]。
競泳選手としての特徴
長いリーチ(ウィングスパン)
リーチが186cmあり、171cmの身長に対して108%にあたる。これはリーチが長いことで有名なマイケル・フェルプスの105%(身長193cmでリーチ203cm[108][109])や、メリッサ・フランクリンの104%(身長185cmでリーチ193cm[110][111])と比較しても特筆すべき長さと言える。
少ないストローク数
長いリーチを生かした大きなストロークが武器であり、その回数は成長とともに減少している。
100mバタフライのストローク数は、2015年1月の「45」から2016年には「40」に減少[112][113]。50m自由形においても、2014年に「44」だったストローク数が、2016年2月には「37」まで減少している[114]。さらに100m自由形のストローク数は「71」で、これは男子選手の平均値である73を下回っている[115]。
元競泳選手の萩原智子は、池江のストローク数の少なさを「彼女が腕を2回転させている間に、周りの選手は3回転させている」と表現し、「1ストロークごとにより遠くの水をつかみ、押し切ることができており、その事が水の抵抗が少ない泳ぎとも繋がっている」と分析している

井上尚弥

井上 尚弥(いのうえ なおや、1993年4月10日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県座間市出身。大橋ボクシングジム所属。所属事務所はホリプロ。マネジメント・広告代理店は株式会社セカンドキャリア。担当トレーナーは父の井上真吾。弟は同じプロボクサーの井上拓真、従兄弟に同じくプロボクサーの井上浩樹がいる。

第36代日本ライトフライ級王者。第33代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。元WBC世界ライトフライ級王者。元WBO世界スーパーフライ級王者。現WBA・IBF世界バンタム級統一王者。世界3階級制覇王者。アマチュア時代には、日本ボクシング史上初めて高校生にして7つのタイトルを獲得し、プロ転向後も8戦目での2階級制覇は国内最速記録(ワシル・ロマチェンコの世界最速となるプロ7戦目に次ぐ記録)[2]。血液型A型[3]。入場曲は佐藤直紀作曲の
人物
アマチュア時代は同じく元アマチュア選手の父・真吾が経営していた井上ボクシングジムで練習をしていた[4]。プロ転向に当たり、父はプロでの実績あるジムのトレーナーに息子を預けようとしたが、尚弥本人が「父は塗装業を経営していたのに、それを捨ててまで自分たちのトレーナーに就いてくれたからもっと頑張らなきゃと思うし、親子で二人三脚でやって世界王者になる事が一番意味がある事だから他の人では駄目」と希望したことで父も専属トレーナーとして大橋ジム入りしている[5]。井上はプロキャリアの初期から具志堅用高の持つ世界王座の日本人最多防衛記録(13度)の更新を目標に掲げている[6]。

弟の井上拓真もボクサーであり、2011年には綾瀬西高校からインターハイのピン級を制して兄弟優勝を達成[7]、2013年12月にプロデビュー、2018年12月にWBC世界バンタム級暫定王座を獲得し兄弟世界王者となった[8]。従兄の浩樹[4]もまたアマチュア選手として相模原青陵高校時代に三冠を達成し[9]、拓殖大学に在学していたが[10]、4年で中退し和歌山県の建設会社所属で紀の国わかやま国体成年男子の部ライトウェルター級優勝[11]や全日本社会人選手権優勝[12]を達成しアマ五冠達成の後、プロに転向した[13]。

通常体重は60kg弱のため、ライトフライ級時代までは減量に苦しんだ影響でパワーも半減していたが、階級をスーパーフライ級に上げて以降は減量苦が和らいだ事で本来の実力を発揮できるようになり、特にパンチ力が桁外れに上昇した。相手がガードしていても、ガードの上からパンチを叩き込んでダウンを奪う軽量級離れしたパワーを誇る。スパーリングでは3階級も上のフェザー級世界ランク1位の細野悟を圧倒し、さらに14オンスのグローブを使っているにも関わらず日本フェザー級5位の渡邉卓也(青木)は井上のボディブローを右腕でブロックして骨折してしまったという[14][15]。

プロ転向と同時に大橋ジムの大橋秀行会長によって付けられた「怪物(モンスター)」という異名について、当初はその爽やかなルックスもあってあまり似合わないという声が周囲からも多かった。井上本人は2015年の週刊少年チャンピオンでの板垣恵介との対談にて、「正直あまり気に入ってなかったのでライトフライ級世界王座の初防衛戦の時、リングアナウンサーに『モンスターとは呼ばないでほしい』と頼もうとしたんですけど、大橋会長に『俺が気に入ってるからいいんだ』って言われてしまって、そのままになってます(笑)」と語っている。また、減量苦から解放されて桁外れのパンチ力で豪快なKOを連発するようになったスーパーフライ級転向以降は「まさに怪物だ」と評され、ニックネームも定着している。また、プロ・アマ通じてダウンを奪われた事も流血した経験も一度もないと明かしている。

ロンドンオリンピック金メダリストの村田諒太とは、国際大会や強化合宿で一緒に練習し、宿舎で同部屋だったこともあり、弟のように可愛がられていた[16]。また、秀でた才能と真面目な人柄はアマチュア時代、他の選手からも愛され、井上のプロデビュー戦には川内将嗣、須佐勝明、清水聡、鈴木康弘といった選手の他に[17][18]、プロとの関係が正常化された日本アマチュアボクシング連盟(元・日本ボクシング連盟)会長の山根明をはじめとする関係者らも来場した[17]。

2015年12月1日に、相模原青陵高校にて同級生だった女性と7年の交際期間を経て結婚し[19]、2017年10月5日に長男が誕生した[20]。

『怪物』『天才』と称される井上だが、2013年にプロ4戦目を控えた当時20歳の井上の体力測定を行ったところ、左手の握力は47.8kg(一般人の平均は46kg)、瞬発力を測る左右への動きは54回(一般人平均値は48回)、身体の柔軟性を測る長座前屈に至っては43cmと一般人の平均値45cmを下回っていた。唯一、体幹のみが突出して強かったが、それ以外の筋力や反射神経、動体視力などの数値は一般人とさほど変わらない普通のレベルだった[21]。

来歴
アマチュアキャリア
小学校1年で父の下でボクシングを始める[22]。初の試合出場は6年生の時で、全国大会で中学2年生の相手にRSC勝ちを収めた[23]。中学校3年のときに行われた第1回全国U-15大会で優秀選手賞を受賞。

新磯高校(現・相模原青陵高校)1年でインターハイ・国体・選抜の三冠を達成し、アジアユース選手権で銅メダルを獲得[24]。

2年時には世界ユース選手権でベスト16入りし[25]、インターハイはベスト8に終わるものの、国体を連覇。また、初出場の全日本アマチュア選手権では決勝で林田太郎に敗れ準優勝。同階級だった田中亮明(中京高)との対戦成績は4戦全勝。

3年時にはインドネシア大統領杯で初の国際大会金メダルを獲得。さらに世界選手権出場を果たし、フライ級で3回戦まで進むが、キューバの選手に12-15の判定負けを喫しベスト16。国内ではインターハイに加え、全日本選手権で初優勝するとともに技能賞を獲得[26]。高校生初のアマチュア7冠を達成した[22][27]。

2012年にロンドンオリンピック予選会を兼ねたアジア選手権に出場し、ライトフライ級で決勝まで進むが、過去に世界選手権で銅メダリストとなっている地元カザフスタンのビルジャン・ジャキポフに11-16の判定負けを喫して銀メダルにとどまり、目標としていたロンドンオリンピック出場を逸した[28][29][30][31][映像 1]。

プロキャリア
2012年、大橋ボクシングジムに入門[27]。ジムとの契約書には井上自身の希望で「強い選手と戦う。弱い選手とは戦わない」との条件が付帯された[32]。7月2日に開かれたプロ転向・大橋ジム入りの発表会見では井岡一翔(井岡)が持つ世界王座最短奪取記録の更新を宣言した[33]。プロテストはスーパーバンタム級でB級ライセンスを受験[34]。実技試験は後楽園ホールの興行内で公開され[映像 2]、日本ライトフライ級王者黒田雅之(川崎新田)相手に左右の連打でコーナーに追い詰めるなど、実力を示して合格を果たした[35]。

プロデビュー戦は、10月2日に後楽園ホールにてOPBF東洋太平洋ミニマム級7位にランクされているクリソン・オマヤオ(フィリピン)と49キロ契約8回戦で対戦[22][36]。A級でのデビューは1987年の赤城武幸以来25年ぶり7人目で10代は初[37]。また、この試合は深夜録画ながらTBSの地上波「ガッツファイティング」で中継された[38][37]。試合は1回に右ボディーブローでダウンを奪い、4回に左ボディーブローを打ち込んでマットに沈め4回2分4秒KOで勝利[39]。10代では初の8回戦デビューを白星で飾り、プロ転向からわずか3か月でOPBF東洋太平洋ライトフライ級10位にランクインし[40]、日本ライトフライ級6位にもランクされた[41]。

2013年1月5日、後楽園ホールにて前WBA世界ミニマム級王者・八重樫東(大橋)の再起戦を前座に差し置き、メインイベントでタイライトフライ級王者ガオプラチャン・チュワタナ(タイ)と50キロ契約8回戦で対戦。当初陣営は、世界ランカーとの対戦を計画し3選手と交渉し1選手とは契約寸前までいったが、相手側の交渉人が井上のデビュー戦の動画を見てキャンセルしてきたという。また、この試合はTBSによってデビュー2戦目としては異例の夕方に地上波生中継された[42]。試合はガオプラチャンの右の打ち終わりに合わせたシャープな左フックで相手をキャンバスに沈め、1回1分50秒KOで下した[43]。この試合で、デビュー戦以来2試合連続となる月間最優秀選手賞を東日本ボクシング協会から受けた[44]。

2013年4月16日、後楽園ホールにて日本ライトフライ級1位の佐野友樹(松田)とノンタイトル10回戦で対戦。この試合はフジテレビ(カスペ!・ EXCITING TIME)で生中継され、同局では21年ぶりのゴールデンタイムでのボクシング中継となった[45]。試合は1回に左フックで相手の右目尻をカットさせると、2回に左ボディブローのフェイントから左フックでダウンを奪うが、3回に打った右ストレートが佐野の頭部に当たった際に右拳を負傷。以降は右のパンチを打てず、左手一本での戦いを余儀なくされたが、それでも4回に左フックからの連打でダウンを奪い、10回1分9秒TKO勝ちで下した[46]。この勝利で日本ライトフライ級1位にランクされた[47]。

5月19日の「ボクシングの日」イベントのトークショーに高野人母美(山上)らとともに参加[48]。

日本王座獲得
2013年8月25日、スカイアリーナ座間にて日本ライトフライ級王者の田口良一(ワタナベ)と対戦。試合は3-0(97-94、98-93、98-92)の判定勝ちで、辰吉丈一郎以来23年ぶりに国内最短タイ記録となる4戦目での日本王座を獲得した[49]。この勝利でOPBF東洋太平洋ライトフライ級1位にランクインし[50]、WBA世界ライトフライ級5位[51]、WBC世界ライトフライ級10位[52]、WBO世界ライトフライ級15位[53]にもランクされた。また、田口からは『リング』誌のランクも奪い、この試合後には同誌の定めるライトフライ級ランキングにも初登場した[54]。

2013年10月18日付で日本ライトフライ級王座を返上。3日後の10月21日、八重樫東と3分2回のエキシビションマッチを披露した[55]。

東洋太平洋王座獲得
2013年12月6日、両国国技館にて小野心(ワタナベ)の王座返上に伴い行われたOPBF東洋太平洋ライトフライ級王座決定戦で、OPBF東洋太平洋ライトフライ級2位のヘルソン・マンシオ(フィリピン)と対戦。試合は2回に連打でダウンを奪うなど有利に進め、5回2分51秒TKO勝ちで八重樫東らと並ぶ当時の国内男子最短タイ記録となるデビュー5戦目(2014年に田中恒成に更新される。女子を含めた記録は当時は藤岡奈穂子らの4戦だが、2014年好川菜々が3戦に更新)でOPBF王座を獲得した[56]。

2014年2月28日、世界タイトル挑戦のためOPBF王座を返上[57]。

6戦目での世界王座獲得
2014年4月6日、大田区総合体育館にてWBC世界ライトフライ級王者アドリアン・エルナンデス(メキシコ)に挑戦。井上の大橋ジムの先輩である八重樫東、大橋ジム会長の大橋秀行、そして大橋が現役時代に所属していたヨネクラボクシングジム会長の米倉健司と大橋ジム系3世代に渡って日本人男子世界王座獲得最短記録更新に失敗しており、4世代目となる井上による悲願達成が期待されての挑戦となった。試合の3週間前にインフルエンザにかかるなど、体調は万全に程遠かったが、試合開始早々からスピードと手数で一方的に圧倒し、4回終了時の公開採点でもジャッジ3者とも40-36のフルマークでリードしていたが、減量苦の影響で3回終了時から左足の太ももの裏がつってしまい、まともに足が動かない状態となった。最終ラウンドまで左足がもたないと判断し、覚悟を決めて打ち合いを挑んだ6回に接近戦で右フックでダウンを奪うとレフェリーがストップし6回2分54秒TKO勝ちを収め[58]、プロテスト実技試験終了後に宣言した通り[映像 2]、当時日本人男子最速となるプロ入り6戦目での世界王座獲得に成功した[59](後に田中恒成がデビュー5戦目で王座獲得し記録更新。女子も含めた最速は富樫直美の4戦[60])。この勝利はWBCから評価され、2014年4月度の月間MVPに選出された[61]。試合を中継したフジテレビは5月18日深夜に、この世界王座獲得試合の完全保存版を放送した[62]。

試合の一夜明け会見では、左足がつった事をはじめとして減量苦の影響が顕著である事を考慮して、防衛戦をしないまま王座を返上して階級を上げる事も検討する意向を示したが、その後「防衛戦を行う事は王者としての責任」と語り、階級を上げるのは初防衛に成功してからにする事を決めた。

2014年9月5日、国立代々木第二体育館にて元PABAミニマム級王者でWBC世界ライトフライ級13位のサマートレック・ゴーキャットジム(タイ)と対戦。試合は4回と6回にダウンを奪い、11回1分8秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した。試合後には改めて王座を返上し、階級を上げることを表明した[63]。

8戦目での2階級制覇達成・世界ボクシング界の年間MVP獲得
1階級上のフライ級でも減量が厳しいため、一気に2階級上のスーパーフライ級への転向を視野に入れつつ、12月30日に予定している大橋ジムとフジテレビの主催興行での世界王座挑戦を目指して陣営の交渉が行われた。まず、WBA世界スーパーフライ級王者河野公平への挑戦を正式に申し入れしたが、河野の試合が指名試合になる可能性がある事に加え、河野が所属するワタナベボクシングジムは2011年以来、毎年12月31日にテレビ東京放送の元で大晦日興行を開催しており、河野も既に大晦日に防衛戦を行う事が内定していたため、断られた[64]。

その後、大橋ジムからマッチメイクを依頼されたジョー小泉が、WBA世界フライ級王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)との対戦を交渉したが、レベコは10月31日に暫定王者のヨーッモンコン・ウォー・センテープとの統一戦が決まっており、年末に向けての本格的な交渉を始めるにはこの試合で怪我を負うことなく防衛することが条件であり、年末まで残された時間も短い状況だった。その際、レベコのマネージャーが同じアルゼンチン人(オズワルト・リベロOR・プロモーションズCEO)であるWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエスのマネージャーも兼任していたため、両者のどちらかへの挑戦を見据えて交渉を行い、レベコが左腕上腕の筋肉を裂傷してヨーッモンコンとの統一戦が延期された事が決定打となり、ナルバエスへの挑戦が決定した[65]。

2014年11月6日、スーパーフライ級へ転向するためにWBC世界ライトフライ級王座の返上を発表した[66][67]。

2014年11月24日、元世界5階級制覇王者ノニト・ドネア(フィリピン)からナルバエス対策のアドバイスを受けた[68]。

2014年12月21日、トレーナーである父・真吾が2014年のエディ・タウンゼント賞を受賞した[69]。

2014年12月30日、東京体育館でWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦。ナルバエスはフライ級世界王座を16連続防衛、WBO世界スーパーフライ級王座を11連続防衛中でプロ・アマ通じて20年以上150戦超のキャリアで一度もダウンを喫した事はなく、唯一の敗戦は1階級上のバンタム級でノニト・ドネアに判定負けしたのみでスーパーフライ級以下では14年間無敗の王者であり、井上自身も試合前には「観客からのブーイング覚悟でKOは捨てて判定でもいいから勝ちにいかないと勝負にならない相手」とコメントしていた。しかし、試合は序盤から井上が攻勢に出て初回から2度のダウンを奪う一方的な展開となり、2回も井上の攻勢は続き、この試合4度目のダウンでナルバエスが立ち上がることが出来ず、2回3分1秒KO勝ちを収め当時世界最速となる8戦目での飛び級での2階級制覇(現在はワシル・ロマチェンコの7戦目)を達成し、それまで世界最速だったポール・ウェアーの9戦目での2階級制覇を20年ぶりに塗り替えた[70][71]。試合直後のリング上ではナルバエス陣営がグローブに鉛を仕込んでいるのではないか?とクレームをつけた。大橋秀行会長が井上尚弥のグローブをその場で外して相手に確認させるとナルバエスのトレーナーは、苦笑いを浮かべて「グレートなニューチャンプだ!」と一言返したとのこと[72]。試合を放送したアルゼンチンのテレビも「ナルバエスはこれまでの全キャリアで食らったパンチよりも深いダメージを井上との2ラウンドで被ってしまった」と解説し、試合終了の瞬間、進行役が「イノイエ!」と絶叫したほどだった[73]。試合後、ナルバエスは「私のコンディションは良かったし、調整もきちんとしていたが、1ラウンドの一発目から効いてしまい、パンチ力に驚いた。本当に超ストロングなパンチだった。もっと上の階級のパンチ力だったし、パンチが速過ぎて見えなかった。気力ではなく体が限界だった。井上はノニト・ドネアよりも強かった。私を負かし、驚かせた。彼はまだ21歳。大きな未来が待っている。歴史的なチャンピオンになれると思う」とコメントした[74][75]。

この試合で井上は右拳を痛めてしまい、4月に予定されていた初防衛戦ではオプションによって再戦権を持つナルバエスとの再戦が内定していたが、治療に専念するために延期した[76]。

2014年12月31日、井上は、ボクシング・シーン・ドットコムとコンド・アウト・ドットコムに2014年の年間MVPに選出され[77]、2015年1月1日にファイトニュース・ドットコムの2014年の年間MVPに選出された[78]。

2015年1月6日、後楽園飯店で行われた2014年の年間表彰選手選考会に於いて、井上は2014年最優秀選手賞とKO賞に選出され、上述のナルバエス戦が年間最高試合に選出されるなど3冠を達成した[79]。1月10日、WBOの2015年1月度月間MVPに選出された[80][81]。

2015年3月、前年12月のナルバエス戦で痛めた右拳が脱臼していたことが判明した為、手術を行った[82]。

2015年12月1日、弟・拓真とともに大手芸能プロダクションのホリプロと専属マネジメント契約を締結した[83]。

2015年12月29日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級1位のワーリト・パレナス(フィリピン)と対戦。パレナスはかつて日本の勝又ボクシングジムに所属しウォーズ・カツマタとして活動していた。試合は2回にパレナスのガードの上から右フックを叩き込んでダウンを奪う衝撃的な破壊力を発揮するなど、2度のダウンを奪って1分20秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した[84]。この一戦を評した元世界スーパーフライ級チャンピオンの佐藤洋太は、パレナスとのスパーリング中にダウンを喫した逸話を紹介してパレナスの強さを称えつつ、そのパレナスを圧倒した井上を高く評価している[85]。

2016年5月8日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者デビッド・カルモナ(メキシコ)と対戦。初回から圧倒していたが、2回に右ストレートをカルモナのこめかみにヒットさせた際に古傷である右拳を負傷。それでも井上は怪我をセコンドに伝えずに左手一本で戦い続け、5回開始前になってセコンドに怪我のことを伝えて指示を受けながら戦うが、8回頃に今度は左拳までも負傷してしまった。しかし、それでも巧みな試合運びで主導権を握り続け、最終12回にはKOを狙って痛みに耐えながら猛攻を仕掛けてダウンを奪うなどKO寸前まで追い込み、12回3-0(2者が118-109、116-111)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[86][87]。

2016年9月4日、スカイアリーナ座間でWBO世界スーパーフライ級1位でABCコンチネンタル王者のペッバーンボーン・ゴーキャットジム(タイ)と対戦。 当初はオプションによる再戦権を持つWBO世界スーパーフライ級1位の前王者オマール・ナルバエスとの再戦が予定されていたがナルバエスがバンタム級転向を理由に対戦を辞退。続いて英国のメディアに対して井上との対戦を希望する発言を繰り返していた元IBF世界スーパーフライ級王者でWBO世界スーパーフライ級2位のゾラニ・テテにオファーをしたものの、テテもバンタム級転向を理由に対戦を拒否したため、WBO世界スーパーフライ級3位のペッバーンボーンとの対戦となり、試合時にはペッバーンボーンはWBO世界スーパーフライ級1位となっていた[88]。序盤はジャブを丁寧に突きながら試合を組み立てるが、後半になると試合2、3週間前に患ったという腰痛、さらには右拳を痛めた影響が出て不用意なパンチをもらうようになる。それでも相手にポイントは与えず、打ち合いの中で10回にダウンを奪い、10回3分3秒KO勝ちを収め3度目の防衛に成功した。試合後のリング上で大橋ジムの大橋秀行会長は6日後に井上との対戦が期待されるローマン・ゴンサレスがWBC世界スーパーフライ級王者カルロス・クアドラスに挑戦する試合を井上と共にアメリカで現地観戦し、来年にゴンサレス戦を実現させるべく交渉することを宣言した[89]。一夜明け会見で大橋会長は井上の次期防衛戦について、4日前に河野公平に勝利し、WBA世界スーパーフライ級王者になったルイス・コンセプシオン(パナマ)に統一戦のオファーを出したことを明らかにした[90]。10月10日、WBOは、井上をWBOの2016年10月度の月間MVPに選出した[91][92]。

2016年12月30日、有明コロシアムで元WBA世界スーパーフライ級王者でWBO世界スーパーフライ級10位の河野公平(ワタナベ)と対戦し、6回1分1秒TKO勝ちを収め、4度目の防衛に成功した[93][94][95]。

2017年5月21日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級2位でWBOラテンアメリカ王者のリカルド・ロドリゲス(アメリカ)と対戦し、3回1分08秒でTKO勝ちを収め、5度目の防衛に成功した[96]。

2017年9月9日、カリフォルニア州カーソンのスタブハブ・センター・テニスコートで行われた「SUPER FLY」にてローマン・ゴンザレスvsシーサケット・ソー・ルンヴィサイ第二戦の前座でWBO世界スーパーフライ級7位で元NABO北米バンタム級王者のアントニオ・ニエベス(アメリカ)と対戦し、ニエベスが6回終了時に棄権した為、6度目の防衛に成功しアメリカデビュー戦を飾った[97][98]。この試合で井上は182,500ドル(約2000万円)、ニエベスは35,000ドル(約400万円)のファイトマネーを稼いだ[99]。またこの試合は米国ではHBOのボクシング中継番組『ボクシングアフターダーク』で中継された。

2017年12月30日、横浜文化体育館でWBO世界スーパーフライ級6位で元フランスバンタム級王者のヨアン・ボワイヨ(フランス)と対戦し、3回1分40秒TKO勝ちを収め、7度目の防衛に成功した[100][101]。

16戦目での3階級制覇達成
2018年3月6日、同年5月25日に大田区総合体育館でWBA世界バンタム級正規王者のジェイミー・マクドネル(イギリス)と対戦し3階級制覇を目指すと発表した。井上が保持していたWBO世界スーパーフライ級王座は同日付で返上した[102][103]。World Boxing Super Seriesのプロモーターのカッレ・ザウアラントが、井上が今回3階級制覇を達成した場合、World Boxing Super Seriesのバンタム級に出場することで井上側と条件面で合意している事を明らかにした[104]。

2018年5月25日、大田区総合体育館にて、WBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネルと対戦し、初回1分52秒TKO勝ちを収め、日本最速となる3階級制覇を達成した[105][106]。この試合はアメリカではESPNのストリーミングサービス「ESPN+」で生配信された[107][108]。5月31日、WBAの2018年5月度月間優秀選手賞に選出された[109]。

World Boxing Super Series参戦
2018年7月11日、WBSSが正式に井上の出場を発表した[110][111]。7月20日にはロシア・モスクワで組み合わせ発表会が開催され、主催者により第2シードに選ばれた井上は一回戦の相手に元WBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を指名した[112][113][114]。

2018年10月7日、横浜アリーナでWBA世界バンタム級4位で元WBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノとWBSS一回戦を行い、1回1分10秒KO勝ちを収め初防衛に成功しWBSSの準決勝に進出した[115]。1分10秒の間に井上は3発しかパンチを放っていないが、井上の高速のワンツーがクリーンヒットしパヤノは後頭部から倒れ、パヤノの8年のプロ・キャリアで初めてのKO負けとなった。

2018年10月20日、フロリダ州オーランドのCFE・アリーナで行われたWBSS一回戦の一つであるIBF世界バンタム級タイトルマッチを観戦。勝者となったIBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)とリング上で対面し、次戦となるWBSS準決勝での対戦を煽った[116]。

2019年5月18日、イギリス・グラスゴーのThe SSE HydroでIBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲスとWBSS準決勝を戦い、2Rに3回ダウンを奪い、2R1分19秒でTKO勝ちを収め、WBSS決勝戦への進出を決めると共に、WBA王座の2度目の防衛、並びにIBF王座及びリングマガジン王座獲得に成功した[117]。なおこの試合は王座統一戦を行う場合にIBFはWBAの世界王座として最上位のスーパー王座しか認めていないため、王座統一戦として認められず、IBF世界バンタム級タイトルマッチとして、ロドリゲスのIBF王座のみが懸けられて行われた[118]。

2019年5月31日、WBAはIBF王座を獲得した井上をWBA世界王者からWBA世界ユニファイド王者に認定した[119]。

2019年11月7日、さいたまスーパーアリーナでWBA世界バンタム級スーパー王者ノニト・ドネアとの対戦が決定し、WBA王座は王座統一による3度目の防衛、IBF王座の初防衛及びWBSS優勝を目指す[120]。

世界的な評価
当時の日本人男子最短記録となる6戦目での世界王座獲得、世界最速8戦目での飛び級での2階級制覇達成といった記録もさることながら、日本人世界王者は『日本国内でしか戦わない』がゆえに海外での知名度・評価が低かったが、YouTubeなどの動画サイトの登場で井上の試合動画がアップロードされて世界中の人々が視聴できるようになったことで、世界のボクシング関係者からも高く評価されるようになった[121]。

特に2014年12月30日に行われたオマール・ナルバエス戦は、例年アメリカのボクシング界は年末は不活発のため年末の日本での世界戦を待たずして早々と年間MVPを選出してしまう専門家が多かったが、2014年に関しては「今年の年間賞の制定は年末まで待つべき」と指摘する関係者が米国内にも存在するなど開催前から注目されており[122]、フライ級世界王座を16連続防衛、WBO世界スーパーフライ級王座を11連続防衛中のナルバエスを一方的に打ちのめしてKO勝ちで2階級制覇を達成し、その試合が動画サイトにアップロードされたことで、井上はプロ転向後はまだ一度も海外で試合をしたことがないにも関わらず世界のボクシング関係者とファンからの知名度と評価が急上昇した。

マニー・パッキャオ、フロイド・メイウェザー・ジュニア、ゲンナジー・ゴロフキンといった世界の超スーパースター達を抑えて井上尚弥が、ボクシング・シーン・ドットコム、セコンド・アウト・ドットコム、ファイトニュース・ドットコムといった世界的な大手ボクシング専門ニュースサイトからも2014年の年間MVPに日本人史上初めて選出された。

2016年4月、アメリカ老舗ボクシング雑誌リング誌が選定するパウンド・フォー・パウンドランキングで井上が9位となり、山中慎介、内山高志に続いて日本人史上3人目となるランク入りを果たしている[123]。

所属する大橋ジムの大橋秀行会長は「井上尚弥にはラスベガス進出、5階級制覇、具志堅用高さんの日本記録を超える世界王座14連続防衛、メジャー4団体統一、ボクサー初の国民栄誉賞を取らせる」と公言している。

世界4階級制覇王者でリング誌を含む世界中のボクシング専門サイトでパウンド・フォー・パウンド最強王者に選出されていたローマン・ゴンサレスとの夢の頂上対決が期待されていた。井上本人もプロデビュー当初から「ロマゴンと対戦したい」という発言を繰り返し続けており、「アジア人のマニー・パッキャオがアメリカや世界のスーパースターになれたのは同階級にファン・マヌエル・マルケス、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレスら既に北米でスターだったライバルとの対戦があったから。僕にとってのロマゴンもそういう存在だと思う」と語っていた。井上は減量苦もあってフライ級に落とすことは出来ないため、「やるならスーパーフライ級で。ロマゴンと対戦できるのであれば2017年内まではスーパーフライ級に留まる。それ以上は待てないので2018年からはバンタム級以上に階級を上げる」と度々コメントしており、2016年9月にゴンサレスがスーパーフライ級に上げて4階級制覇を達成したことで対戦が現実味を帯びてきた。しかし、2017年3月にゴンサレスがキャリア初黒星を喫して王座陥落したため、井上が期限と定めた2017年以内の対戦は絶望的となった(後述)。

中量級~重量級が主体で軽量級は不人気なアメリカにおいては、1990年代の軽量級の絶対王者リカルド・ロペスでさえも、その強さゆえにライバル不在なこともあり、前座に甘んじることが多かった[124]が、ゴンサレスが本格的にアメリカ進出を始めるのと時を同じくして井上もナルバエスに勝って名前を知られるようになったことで、日本だけでなくアメリカを含む世界のファンや関係者からも対戦が期待されていた。

2017年3月18日、ゴンサレスがシーサケット・ソー・ルンヴィサイに僅差の判定負けでプロ・アマ通じて生涯初黒星を喫してWBC世界スーパーフライ級王座から陥落。試合直後からファンや関係者から判定への不満が続出し、ゴンサレス本人も判定に抗議した結果、WBCはシーサケットvsゴンサレスの再戦指令を出し、同時にこの試合の勝者がカルロス・クアドラスとファン・フランシスコ・エストラーダの間で行われるWBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦の勝者との対戦を義務付けた[125]。ゴンサレスはシーサケットとの初戦で負ったダメージ回復のため、再戦を2017年の秋に予定しており、仮にシーサケットに勝利しても次は暫定王者との統一戦が義務付けられているため、WBO王者・井上がスーパーフライ級でのタイムリミットに設定していた2017年以内の井上との統一戦は日程的に絶望的になった。ゴンサレスvsシーサケットを生中継したWOWOWエキサイトマッチでゲスト解説を務めた井上はゴンサレスの敗戦に「まさか今日、負けるとは思わなかった。ちょっと言葉が見つからないですね・・・」とショックを露にし、放送後の会見では「大橋会長から今年の年末にロマゴン戦があるかもしれないと聞いていたのでショックですね」と呆然とした表情でコメントし[126]、自身の公式インスタグラムでも「ロマゴン。。がっくりした。。これでスーパーフライ級に留まる理由がなくなった。」とモチベーションの低下を露にした[127]。

敗戦を喫してパウンド・フォー・パウンドランキングでも1位から陥落して商品価値の落ちた今のゴンサレスに勝ったとしても『最強』の称号を手にする事はできなくなった[128]ということもあり、2017年5月21日に予定する次戦で早くもバンタム級に転向してWBA世界バンタム級スーパー王者のザナト・ザキヤノフへの挑戦が一度は計画された[129]。さらに、その次の試合でアメリカ初進出する際にはバンタム級でノンタイトル戦を行う事も検討しているとし、2017年の年末にはバンタム級でビッグマッチ実現を目指し、減量苦のスーパーフライ級に残留してまでロマゴンとの対戦には固執しない意向を表明した[130]。

また、バンタム級への転向が実現した場合には山中慎介(帝拳、元WBC世界バンタム級王者)との対決も期待されていたものの、山中は2017年8月15日にルイス・ネリー(メキシコ)に敗れて王座を陥落してしまった。但し、井上自身は「山中さんの今後(の去就)次第」としながらも、「ネリーに挑戦することも考えの中にある」として対戦意欲があることを明らかにしている
獲得タイトル
アマチュア
平成21年度全国高等学校総合体育大会ライトフライ級優勝
第64回国民体育大会ライトフライ級優勝
2010年アジアユース選手権ライトフライ級銅メダル
第21回全国高等学校ボクシング選抜大会兼JOCジュニアオリンピックカップライトフライ級優勝
第65回国民体育大会ライトフライ級優勝
第80回全日本アマチュアボクシング選手権大会ライトフライ級準優勝
2011年インドネシア大統領杯ライトフライ級金メダル
平成23年度全国高等学校総合体育大会ライトフライ級優勝
第81回全日本アマチュアボクシング選手権大会ライトフライ級優勝
プロ
第36代日本ライトフライ級王座(防衛0=返上)
第33代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王座(防衛0=返上)
WBC世界ライトフライ級王座(防衛1=返上)
WBO世界スーパーフライ級王座(防衛7=返上)
WBA世界バンタム級王座(防衛1)
IBF世界バンタム級王座(防衛0)
リングマガジン世界バンタム級王座
受賞歴
プロ・アマチュア年間表彰
2011年アマチュアボクシング部門 新鋭賞[132]
2012年プロボクシング部門 新鋭賞[133]
2014年プロボクシング部門 最優秀選手賞・KO賞[134]
2014年プロボクシング部門 年間最高試合賞(=2014年12月30日 WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ オマール・ナルバエス vs. 井上尚弥)
2015年プロボクシング部門 KO賞[135]
2016年プロボクシング部門 技能賞
2017年プロボクシング部門 技能賞
2018年プロボクシング部門 最優秀選手賞・優秀選手賞・KO賞
座間市体育協会 功労者(2013年)[136]
日本プロスポーツ大賞 新人賞(2013年)[137]
WBC 2014年4月度月間MVP
座間市市民栄誉賞(2014年)[138]
Boxing Scene.com's 2014 Fighter of The Year[139]
Secondsout.com 2014 Fighter of The Year
Fightnews.com “Fighter of the Year” for 2014[140]
WBO 2015年1月度月間MVP
WBO 2016年10月度月間MVP
WBA 2018年5月度月間優秀選手賞
報知プロスポーツ大賞(2018年)[141]
日本プロスポーツ大賞 殊勲賞・NHK賞(2018年)[142]
2018年度リングマガジン ノックアウト・オブ・ザ・イヤー(ファン・カルロス・パヤノ戦)[143]
2018年度WBA年間KO賞
著書
真っすぐに生きる。(扶桑社出版、2014年4月)[144]
怪物(KADOKAWA出版、2018年3月※中村航氏との共著)

زياد علي

زياد علي محمد