井上 尚弥(いのうえ なおや、1993年4月10日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県座間市出身。大橋ボクシングジム所属。所属事務所はホリプロ。マネジメント・広告代理店は株式会社セカンドキャリア。担当トレーナーは父の井上真吾。弟は同じプロボクサーの井上拓真、従兄弟に同じくプロボクサーの井上浩樹がいる。
第36代日本ライトフライ級王者。第33代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。元WBC世界ライトフライ級王者。元WBO世界スーパーフライ級王者。現WBA・IBF世界バンタム級統一王者。世界3階級制覇王者。アマチュア時代には、日本ボクシング史上初めて高校生にして7つのタイトルを獲得し、プロ転向後も8戦目での2階級制覇は国内最速記録(ワシル・ロマチェンコの世界最速となるプロ7戦目に次ぐ記録)[2]。血液型A型[3]。入場曲は佐藤直紀作曲の
人物
アマチュア時代は同じく元アマチュア選手の父・真吾が経営していた井上ボクシングジムで練習をしていた[4]。プロ転向に当たり、父はプロでの実績あるジムのトレーナーに息子を預けようとしたが、尚弥本人が「父は塗装業を経営していたのに、それを捨ててまで自分たちのトレーナーに就いてくれたからもっと頑張らなきゃと思うし、親子で二人三脚でやって世界王者になる事が一番意味がある事だから他の人では駄目」と希望したことで父も専属トレーナーとして大橋ジム入りしている[5]。井上はプロキャリアの初期から具志堅用高の持つ世界王座の日本人最多防衛記録(13度)の更新を目標に掲げている[6]。
弟の井上拓真もボクサーであり、2011年には綾瀬西高校からインターハイのピン級を制して兄弟優勝を達成[7]、2013年12月にプロデビュー、2018年12月にWBC世界バンタム級暫定王座を獲得し兄弟世界王者となった[8]。従兄の浩樹[4]もまたアマチュア選手として相模原青陵高校時代に三冠を達成し[9]、拓殖大学に在学していたが[10]、4年で中退し和歌山県の建設会社所属で紀の国わかやま国体成年男子の部ライトウェルター級優勝[11]や全日本社会人選手権優勝[12]を達成しアマ五冠達成の後、プロに転向した[13]。
通常体重は60kg弱のため、ライトフライ級時代までは減量に苦しんだ影響でパワーも半減していたが、階級をスーパーフライ級に上げて以降は減量苦が和らいだ事で本来の実力を発揮できるようになり、特にパンチ力が桁外れに上昇した。相手がガードしていても、ガードの上からパンチを叩き込んでダウンを奪う軽量級離れしたパワーを誇る。スパーリングでは3階級も上のフェザー級世界ランク1位の細野悟を圧倒し、さらに14オンスのグローブを使っているにも関わらず日本フェザー級5位の渡邉卓也(青木)は井上のボディブローを右腕でブロックして骨折してしまったという[14][15]。
プロ転向と同時に大橋ジムの大橋秀行会長によって付けられた「怪物(モンスター)」という異名について、当初はその爽やかなルックスもあってあまり似合わないという声が周囲からも多かった。井上本人は2015年の週刊少年チャンピオンでの板垣恵介との対談にて、「正直あまり気に入ってなかったのでライトフライ級世界王座の初防衛戦の時、リングアナウンサーに『モンスターとは呼ばないでほしい』と頼もうとしたんですけど、大橋会長に『俺が気に入ってるからいいんだ』って言われてしまって、そのままになってます(笑)」と語っている。また、減量苦から解放されて桁外れのパンチ力で豪快なKOを連発するようになったスーパーフライ級転向以降は「まさに怪物だ」と評され、ニックネームも定着している。また、プロ・アマ通じてダウンを奪われた事も流血した経験も一度もないと明かしている。
ロンドンオリンピック金メダリストの村田諒太とは、国際大会や強化合宿で一緒に練習し、宿舎で同部屋だったこともあり、弟のように可愛がられていた[16]。また、秀でた才能と真面目な人柄はアマチュア時代、他の選手からも愛され、井上のプロデビュー戦には川内将嗣、須佐勝明、清水聡、鈴木康弘といった選手の他に[17][18]、プロとの関係が正常化された日本アマチュアボクシング連盟(元・日本ボクシング連盟)会長の山根明をはじめとする関係者らも来場した[17]。
2015年12月1日に、相模原青陵高校にて同級生だった女性と7年の交際期間を経て結婚し[19]、2017年10月5日に長男が誕生した[20]。
『怪物』『天才』と称される井上だが、2013年にプロ4戦目を控えた当時20歳の井上の体力測定を行ったところ、左手の握力は47.8kg(一般人の平均は46kg)、瞬発力を測る左右への動きは54回(一般人平均値は48回)、身体の柔軟性を測る長座前屈に至っては43cmと一般人の平均値45cmを下回っていた。唯一、体幹のみが突出して強かったが、それ以外の筋力や反射神経、動体視力などの数値は一般人とさほど変わらない普通のレベルだった[21]。
来歴
アマチュアキャリア
小学校1年で父の下でボクシングを始める[22]。初の試合出場は6年生の時で、全国大会で中学2年生の相手にRSC勝ちを収めた[23]。中学校3年のときに行われた第1回全国U-15大会で優秀選手賞を受賞。
新磯高校(現・相模原青陵高校)1年でインターハイ・国体・選抜の三冠を達成し、アジアユース選手権で銅メダルを獲得[24]。
2年時には世界ユース選手権でベスト16入りし[25]、インターハイはベスト8に終わるものの、国体を連覇。また、初出場の全日本アマチュア選手権では決勝で林田太郎に敗れ準優勝。同階級だった田中亮明(中京高)との対戦成績は4戦全勝。
3年時にはインドネシア大統領杯で初の国際大会金メダルを獲得。さらに世界選手権出場を果たし、フライ級で3回戦まで進むが、キューバの選手に12-15の判定負けを喫しベスト16。国内ではインターハイに加え、全日本選手権で初優勝するとともに技能賞を獲得[26]。高校生初のアマチュア7冠を達成した[22][27]。
2012年にロンドンオリンピック予選会を兼ねたアジア選手権に出場し、ライトフライ級で決勝まで進むが、過去に世界選手権で銅メダリストとなっている地元カザフスタンのビルジャン・ジャキポフに11-16の判定負けを喫して銀メダルにとどまり、目標としていたロンドンオリンピック出場を逸した[28][29][30][31][映像 1]。
プロキャリア
2012年、大橋ボクシングジムに入門[27]。ジムとの契約書には井上自身の希望で「強い選手と戦う。弱い選手とは戦わない」との条件が付帯された[32]。7月2日に開かれたプロ転向・大橋ジム入りの発表会見では井岡一翔(井岡)が持つ世界王座最短奪取記録の更新を宣言した[33]。プロテストはスーパーバンタム級でB級ライセンスを受験[34]。実技試験は後楽園ホールの興行内で公開され[映像 2]、日本ライトフライ級王者黒田雅之(川崎新田)相手に左右の連打でコーナーに追い詰めるなど、実力を示して合格を果たした[35]。
プロデビュー戦は、10月2日に後楽園ホールにてOPBF東洋太平洋ミニマム級7位にランクされているクリソン・オマヤオ(フィリピン)と49キロ契約8回戦で対戦[22][36]。A級でのデビューは1987年の赤城武幸以来25年ぶり7人目で10代は初[37]。また、この試合は深夜録画ながらTBSの地上波「ガッツファイティング」で中継された[38][37]。試合は1回に右ボディーブローでダウンを奪い、4回に左ボディーブローを打ち込んでマットに沈め4回2分4秒KOで勝利[39]。10代では初の8回戦デビューを白星で飾り、プロ転向からわずか3か月でOPBF東洋太平洋ライトフライ級10位にランクインし[40]、日本ライトフライ級6位にもランクされた[41]。
2013年1月5日、後楽園ホールにて前WBA世界ミニマム級王者・八重樫東(大橋)の再起戦を前座に差し置き、メインイベントでタイライトフライ級王者ガオプラチャン・チュワタナ(タイ)と50キロ契約8回戦で対戦。当初陣営は、世界ランカーとの対戦を計画し3選手と交渉し1選手とは契約寸前までいったが、相手側の交渉人が井上のデビュー戦の動画を見てキャンセルしてきたという。また、この試合はTBSによってデビュー2戦目としては異例の夕方に地上波生中継された[42]。試合はガオプラチャンの右の打ち終わりに合わせたシャープな左フックで相手をキャンバスに沈め、1回1分50秒KOで下した[43]。この試合で、デビュー戦以来2試合連続となる月間最優秀選手賞を東日本ボクシング協会から受けた[44]。
2013年4月16日、後楽園ホールにて日本ライトフライ級1位の佐野友樹(松田)とノンタイトル10回戦で対戦。この試合はフジテレビ(カスペ!・ EXCITING TIME)で生中継され、同局では21年ぶりのゴールデンタイムでのボクシング中継となった[45]。試合は1回に左フックで相手の右目尻をカットさせると、2回に左ボディブローのフェイントから左フックでダウンを奪うが、3回に打った右ストレートが佐野の頭部に当たった際に右拳を負傷。以降は右のパンチを打てず、左手一本での戦いを余儀なくされたが、それでも4回に左フックからの連打でダウンを奪い、10回1分9秒TKO勝ちで下した[46]。この勝利で日本ライトフライ級1位にランクされた[47]。
5月19日の「ボクシングの日」イベントのトークショーに高野人母美(山上)らとともに参加[48]。
日本王座獲得
2013年8月25日、スカイアリーナ座間にて日本ライトフライ級王者の田口良一(ワタナベ)と対戦。試合は3-0(97-94、98-93、98-92)の判定勝ちで、辰吉丈一郎以来23年ぶりに国内最短タイ記録となる4戦目での日本王座を獲得した[49]。この勝利でOPBF東洋太平洋ライトフライ級1位にランクインし[50]、WBA世界ライトフライ級5位[51]、WBC世界ライトフライ級10位[52]、WBO世界ライトフライ級15位[53]にもランクされた。また、田口からは『リング』誌のランクも奪い、この試合後には同誌の定めるライトフライ級ランキングにも初登場した[54]。
2013年10月18日付で日本ライトフライ級王座を返上。3日後の10月21日、八重樫東と3分2回のエキシビションマッチを披露した[55]。
東洋太平洋王座獲得
2013年12月6日、両国国技館にて小野心(ワタナベ)の王座返上に伴い行われたOPBF東洋太平洋ライトフライ級王座決定戦で、OPBF東洋太平洋ライトフライ級2位のヘルソン・マンシオ(フィリピン)と対戦。試合は2回に連打でダウンを奪うなど有利に進め、5回2分51秒TKO勝ちで八重樫東らと並ぶ当時の国内男子最短タイ記録となるデビュー5戦目(2014年に田中恒成に更新される。女子を含めた記録は当時は藤岡奈穂子らの4戦だが、2014年好川菜々が3戦に更新)でOPBF王座を獲得した[56]。
2014年2月28日、世界タイトル挑戦のためOPBF王座を返上[57]。
6戦目での世界王座獲得
2014年4月6日、大田区総合体育館にてWBC世界ライトフライ級王者アドリアン・エルナンデス(メキシコ)に挑戦。井上の大橋ジムの先輩である八重樫東、大橋ジム会長の大橋秀行、そして大橋が現役時代に所属していたヨネクラボクシングジム会長の米倉健司と大橋ジム系3世代に渡って日本人男子世界王座獲得最短記録更新に失敗しており、4世代目となる井上による悲願達成が期待されての挑戦となった。試合の3週間前にインフルエンザにかかるなど、体調は万全に程遠かったが、試合開始早々からスピードと手数で一方的に圧倒し、4回終了時の公開採点でもジャッジ3者とも40-36のフルマークでリードしていたが、減量苦の影響で3回終了時から左足の太ももの裏がつってしまい、まともに足が動かない状態となった。最終ラウンドまで左足がもたないと判断し、覚悟を決めて打ち合いを挑んだ6回に接近戦で右フックでダウンを奪うとレフェリーがストップし6回2分54秒TKO勝ちを収め[58]、プロテスト実技試験終了後に宣言した通り[映像 2]、当時日本人男子最速となるプロ入り6戦目での世界王座獲得に成功した[59](後に田中恒成がデビュー5戦目で王座獲得し記録更新。女子も含めた最速は富樫直美の4戦[60])。この勝利はWBCから評価され、2014年4月度の月間MVPに選出された[61]。試合を中継したフジテレビは5月18日深夜に、この世界王座獲得試合の完全保存版を放送した[62]。
試合の一夜明け会見では、左足がつった事をはじめとして減量苦の影響が顕著である事を考慮して、防衛戦をしないまま王座を返上して階級を上げる事も検討する意向を示したが、その後「防衛戦を行う事は王者としての責任」と語り、階級を上げるのは初防衛に成功してからにする事を決めた。
2014年9月5日、国立代々木第二体育館にて元PABAミニマム級王者でWBC世界ライトフライ級13位のサマートレック・ゴーキャットジム(タイ)と対戦。試合は4回と6回にダウンを奪い、11回1分8秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した。試合後には改めて王座を返上し、階級を上げることを表明した[63]。
8戦目での2階級制覇達成・世界ボクシング界の年間MVP獲得
1階級上のフライ級でも減量が厳しいため、一気に2階級上のスーパーフライ級への転向を視野に入れつつ、12月30日に予定している大橋ジムとフジテレビの主催興行での世界王座挑戦を目指して陣営の交渉が行われた。まず、WBA世界スーパーフライ級王者河野公平への挑戦を正式に申し入れしたが、河野の試合が指名試合になる可能性がある事に加え、河野が所属するワタナベボクシングジムは2011年以来、毎年12月31日にテレビ東京放送の元で大晦日興行を開催しており、河野も既に大晦日に防衛戦を行う事が内定していたため、断られた[64]。
その後、大橋ジムからマッチメイクを依頼されたジョー小泉が、WBA世界フライ級王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)との対戦を交渉したが、レベコは10月31日に暫定王者のヨーッモンコン・ウォー・センテープとの統一戦が決まっており、年末に向けての本格的な交渉を始めるにはこの試合で怪我を負うことなく防衛することが条件であり、年末まで残された時間も短い状況だった。その際、レベコのマネージャーが同じアルゼンチン人(オズワルト・リベロOR・プロモーションズCEO)であるWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエスのマネージャーも兼任していたため、両者のどちらかへの挑戦を見据えて交渉を行い、レベコが左腕上腕の筋肉を裂傷してヨーッモンコンとの統一戦が延期された事が決定打となり、ナルバエスへの挑戦が決定した[65]。
2014年11月6日、スーパーフライ級へ転向するためにWBC世界ライトフライ級王座の返上を発表した[66][67]。
2014年11月24日、元世界5階級制覇王者ノニト・ドネア(フィリピン)からナルバエス対策のアドバイスを受けた[68]。
2014年12月21日、トレーナーである父・真吾が2014年のエディ・タウンゼント賞を受賞した[69]。
2014年12月30日、東京体育館でWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦。ナルバエスはフライ級世界王座を16連続防衛、WBO世界スーパーフライ級王座を11連続防衛中でプロ・アマ通じて20年以上150戦超のキャリアで一度もダウンを喫した事はなく、唯一の敗戦は1階級上のバンタム級でノニト・ドネアに判定負けしたのみでスーパーフライ級以下では14年間無敗の王者であり、井上自身も試合前には「観客からのブーイング覚悟でKOは捨てて判定でもいいから勝ちにいかないと勝負にならない相手」とコメントしていた。しかし、試合は序盤から井上が攻勢に出て初回から2度のダウンを奪う一方的な展開となり、2回も井上の攻勢は続き、この試合4度目のダウンでナルバエスが立ち上がることが出来ず、2回3分1秒KO勝ちを収め当時世界最速となる8戦目での飛び級での2階級制覇(現在はワシル・ロマチェンコの7戦目)を達成し、それまで世界最速だったポール・ウェアーの9戦目での2階級制覇を20年ぶりに塗り替えた[70][71]。試合直後のリング上ではナルバエス陣営がグローブに鉛を仕込んでいるのではないか?とクレームをつけた。大橋秀行会長が井上尚弥のグローブをその場で外して相手に確認させるとナルバエスのトレーナーは、苦笑いを浮かべて「グレートなニューチャンプだ!」と一言返したとのこと[72]。試合を放送したアルゼンチンのテレビも「ナルバエスはこれまでの全キャリアで食らったパンチよりも深いダメージを井上との2ラウンドで被ってしまった」と解説し、試合終了の瞬間、進行役が「イノイエ!」と絶叫したほどだった[73]。試合後、ナルバエスは「私のコンディションは良かったし、調整もきちんとしていたが、1ラウンドの一発目から効いてしまい、パンチ力に驚いた。本当に超ストロングなパンチだった。もっと上の階級のパンチ力だったし、パンチが速過ぎて見えなかった。気力ではなく体が限界だった。井上はノニト・ドネアよりも強かった。私を負かし、驚かせた。彼はまだ21歳。大きな未来が待っている。歴史的なチャンピオンになれると思う」とコメントした[74][75]。
この試合で井上は右拳を痛めてしまい、4月に予定されていた初防衛戦ではオプションによって再戦権を持つナルバエスとの再戦が内定していたが、治療に専念するために延期した[76]。
2014年12月31日、井上は、ボクシング・シーン・ドットコムとコンド・アウト・ドットコムに2014年の年間MVPに選出され[77]、2015年1月1日にファイトニュース・ドットコムの2014年の年間MVPに選出された[78]。
2015年1月6日、後楽園飯店で行われた2014年の年間表彰選手選考会に於いて、井上は2014年最優秀選手賞とKO賞に選出され、上述のナルバエス戦が年間最高試合に選出されるなど3冠を達成した[79]。1月10日、WBOの2015年1月度月間MVPに選出された[80][81]。
2015年3月、前年12月のナルバエス戦で痛めた右拳が脱臼していたことが判明した為、手術を行った[82]。
2015年12月1日、弟・拓真とともに大手芸能プロダクションのホリプロと専属マネジメント契約を締結した[83]。
2015年12月29日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級1位のワーリト・パレナス(フィリピン)と対戦。パレナスはかつて日本の勝又ボクシングジムに所属しウォーズ・カツマタとして活動していた。試合は2回にパレナスのガードの上から右フックを叩き込んでダウンを奪う衝撃的な破壊力を発揮するなど、2度のダウンを奪って1分20秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した[84]。この一戦を評した元世界スーパーフライ級チャンピオンの佐藤洋太は、パレナスとのスパーリング中にダウンを喫した逸話を紹介してパレナスの強さを称えつつ、そのパレナスを圧倒した井上を高く評価している[85]。
2016年5月8日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者デビッド・カルモナ(メキシコ)と対戦。初回から圧倒していたが、2回に右ストレートをカルモナのこめかみにヒットさせた際に古傷である右拳を負傷。それでも井上は怪我をセコンドに伝えずに左手一本で戦い続け、5回開始前になってセコンドに怪我のことを伝えて指示を受けながら戦うが、8回頃に今度は左拳までも負傷してしまった。しかし、それでも巧みな試合運びで主導権を握り続け、最終12回にはKOを狙って痛みに耐えながら猛攻を仕掛けてダウンを奪うなどKO寸前まで追い込み、12回3-0(2者が118-109、116-111)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[86][87]。
2016年9月4日、スカイアリーナ座間でWBO世界スーパーフライ級1位でABCコンチネンタル王者のペッバーンボーン・ゴーキャットジム(タイ)と対戦。 当初はオプションによる再戦権を持つWBO世界スーパーフライ級1位の前王者オマール・ナルバエスとの再戦が予定されていたがナルバエスがバンタム級転向を理由に対戦を辞退。続いて英国のメディアに対して井上との対戦を希望する発言を繰り返していた元IBF世界スーパーフライ級王者でWBO世界スーパーフライ級2位のゾラニ・テテにオファーをしたものの、テテもバンタム級転向を理由に対戦を拒否したため、WBO世界スーパーフライ級3位のペッバーンボーンとの対戦となり、試合時にはペッバーンボーンはWBO世界スーパーフライ級1位となっていた[88]。序盤はジャブを丁寧に突きながら試合を組み立てるが、後半になると試合2、3週間前に患ったという腰痛、さらには右拳を痛めた影響が出て不用意なパンチをもらうようになる。それでも相手にポイントは与えず、打ち合いの中で10回にダウンを奪い、10回3分3秒KO勝ちを収め3度目の防衛に成功した。試合後のリング上で大橋ジムの大橋秀行会長は6日後に井上との対戦が期待されるローマン・ゴンサレスがWBC世界スーパーフライ級王者カルロス・クアドラスに挑戦する試合を井上と共にアメリカで現地観戦し、来年にゴンサレス戦を実現させるべく交渉することを宣言した[89]。一夜明け会見で大橋会長は井上の次期防衛戦について、4日前に河野公平に勝利し、WBA世界スーパーフライ級王者になったルイス・コンセプシオン(パナマ)に統一戦のオファーを出したことを明らかにした[90]。10月10日、WBOは、井上をWBOの2016年10月度の月間MVPに選出した[91][92]。
2016年12月30日、有明コロシアムで元WBA世界スーパーフライ級王者でWBO世界スーパーフライ級10位の河野公平(ワタナベ)と対戦し、6回1分1秒TKO勝ちを収め、4度目の防衛に成功した[93][94][95]。
2017年5月21日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級2位でWBOラテンアメリカ王者のリカルド・ロドリゲス(アメリカ)と対戦し、3回1分08秒でTKO勝ちを収め、5度目の防衛に成功した[96]。
2017年9月9日、カリフォルニア州カーソンのスタブハブ・センター・テニスコートで行われた「SUPER FLY」にてローマン・ゴンザレスvsシーサケット・ソー・ルンヴィサイ第二戦の前座でWBO世界スーパーフライ級7位で元NABO北米バンタム級王者のアントニオ・ニエベス(アメリカ)と対戦し、ニエベスが6回終了時に棄権した為、6度目の防衛に成功しアメリカデビュー戦を飾った[97][98]。この試合で井上は182,500ドル(約2000万円)、ニエベスは35,000ドル(約400万円)のファイトマネーを稼いだ[99]。またこの試合は米国ではHBOのボクシング中継番組『ボクシングアフターダーク』で中継された。
2017年12月30日、横浜文化体育館でWBO世界スーパーフライ級6位で元フランスバンタム級王者のヨアン・ボワイヨ(フランス)と対戦し、3回1分40秒TKO勝ちを収め、7度目の防衛に成功した[100][101]。
16戦目での3階級制覇達成
2018年3月6日、同年5月25日に大田区総合体育館でWBA世界バンタム級正規王者のジェイミー・マクドネル(イギリス)と対戦し3階級制覇を目指すと発表した。井上が保持していたWBO世界スーパーフライ級王座は同日付で返上した[102][103]。World Boxing Super Seriesのプロモーターのカッレ・ザウアラントが、井上が今回3階級制覇を達成した場合、World Boxing Super Seriesのバンタム級に出場することで井上側と条件面で合意している事を明らかにした[104]。
2018年5月25日、大田区総合体育館にて、WBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネルと対戦し、初回1分52秒TKO勝ちを収め、日本最速となる3階級制覇を達成した[105][106]。この試合はアメリカではESPNのストリーミングサービス「ESPN+」で生配信された[107][108]。5月31日、WBAの2018年5月度月間優秀選手賞に選出された[109]。
World Boxing Super Series参戦
2018年7月11日、WBSSが正式に井上の出場を発表した[110][111]。7月20日にはロシア・モスクワで組み合わせ発表会が開催され、主催者により第2シードに選ばれた井上は一回戦の相手に元WBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を指名した[112][113][114]。
2018年10月7日、横浜アリーナでWBA世界バンタム級4位で元WBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノとWBSS一回戦を行い、1回1分10秒KO勝ちを収め初防衛に成功しWBSSの準決勝に進出した[115]。1分10秒の間に井上は3発しかパンチを放っていないが、井上の高速のワンツーがクリーンヒットしパヤノは後頭部から倒れ、パヤノの8年のプロ・キャリアで初めてのKO負けとなった。
2018年10月20日、フロリダ州オーランドのCFE・アリーナで行われたWBSS一回戦の一つであるIBF世界バンタム級タイトルマッチを観戦。勝者となったIBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)とリング上で対面し、次戦となるWBSS準決勝での対戦を煽った[116]。
2019年5月18日、イギリス・グラスゴーのThe SSE HydroでIBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲスとWBSS準決勝を戦い、2Rに3回ダウンを奪い、2R1分19秒でTKO勝ちを収め、WBSS決勝戦への進出を決めると共に、WBA王座の2度目の防衛、並びにIBF王座及びリングマガジン王座獲得に成功した[117]。なおこの試合は王座統一戦を行う場合にIBFはWBAの世界王座として最上位のスーパー王座しか認めていないため、王座統一戦として認められず、IBF世界バンタム級タイトルマッチとして、ロドリゲスのIBF王座のみが懸けられて行われた[118]。
2019年5月31日、WBAはIBF王座を獲得した井上をWBA世界王者からWBA世界ユニファイド王者に認定した[119]。
2019年11月7日、さいたまスーパーアリーナでWBA世界バンタム級スーパー王者ノニト・ドネアとの対戦が決定し、WBA王座は王座統一による3度目の防衛、IBF王座の初防衛及びWBSS優勝を目指す[120]。
世界的な評価
当時の日本人男子最短記録となる6戦目での世界王座獲得、世界最速8戦目での飛び級での2階級制覇達成といった記録もさることながら、日本人世界王者は『日本国内でしか戦わない』がゆえに海外での知名度・評価が低かったが、YouTubeなどの動画サイトの登場で井上の試合動画がアップロードされて世界中の人々が視聴できるようになったことで、世界のボクシング関係者からも高く評価されるようになった[121]。
特に2014年12月30日に行われたオマール・ナルバエス戦は、例年アメリカのボクシング界は年末は不活発のため年末の日本での世界戦を待たずして早々と年間MVPを選出してしまう専門家が多かったが、2014年に関しては「今年の年間賞の制定は年末まで待つべき」と指摘する関係者が米国内にも存在するなど開催前から注目されており[122]、フライ級世界王座を16連続防衛、WBO世界スーパーフライ級王座を11連続防衛中のナルバエスを一方的に打ちのめしてKO勝ちで2階級制覇を達成し、その試合が動画サイトにアップロードされたことで、井上はプロ転向後はまだ一度も海外で試合をしたことがないにも関わらず世界のボクシング関係者とファンからの知名度と評価が急上昇した。
マニー・パッキャオ、フロイド・メイウェザー・ジュニア、ゲンナジー・ゴロフキンといった世界の超スーパースター達を抑えて井上尚弥が、ボクシング・シーン・ドットコム、セコンド・アウト・ドットコム、ファイトニュース・ドットコムといった世界的な大手ボクシング専門ニュースサイトからも2014年の年間MVPに日本人史上初めて選出された。
2016年4月、アメリカ老舗ボクシング雑誌リング誌が選定するパウンド・フォー・パウンドランキングで井上が9位となり、山中慎介、内山高志に続いて日本人史上3人目となるランク入りを果たしている[123]。
所属する大橋ジムの大橋秀行会長は「井上尚弥にはラスベガス進出、5階級制覇、具志堅用高さんの日本記録を超える世界王座14連続防衛、メジャー4団体統一、ボクサー初の国民栄誉賞を取らせる」と公言している。
世界4階級制覇王者でリング誌を含む世界中のボクシング専門サイトでパウンド・フォー・パウンド最強王者に選出されていたローマン・ゴンサレスとの夢の頂上対決が期待されていた。井上本人もプロデビュー当初から「ロマゴンと対戦したい」という発言を繰り返し続けており、「アジア人のマニー・パッキャオがアメリカや世界のスーパースターになれたのは同階級にファン・マヌエル・マルケス、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレスら既に北米でスターだったライバルとの対戦があったから。僕にとってのロマゴンもそういう存在だと思う」と語っていた。井上は減量苦もあってフライ級に落とすことは出来ないため、「やるならスーパーフライ級で。ロマゴンと対戦できるのであれば2017年内まではスーパーフライ級に留まる。それ以上は待てないので2018年からはバンタム級以上に階級を上げる」と度々コメントしており、2016年9月にゴンサレスがスーパーフライ級に上げて4階級制覇を達成したことで対戦が現実味を帯びてきた。しかし、2017年3月にゴンサレスがキャリア初黒星を喫して王座陥落したため、井上が期限と定めた2017年以内の対戦は絶望的となった(後述)。
中量級~重量級が主体で軽量級は不人気なアメリカにおいては、1990年代の軽量級の絶対王者リカルド・ロペスでさえも、その強さゆえにライバル不在なこともあり、前座に甘んじることが多かった[124]が、ゴンサレスが本格的にアメリカ進出を始めるのと時を同じくして井上もナルバエスに勝って名前を知られるようになったことで、日本だけでなくアメリカを含む世界のファンや関係者からも対戦が期待されていた。
2017年3月18日、ゴンサレスがシーサケット・ソー・ルンヴィサイに僅差の判定負けでプロ・アマ通じて生涯初黒星を喫してWBC世界スーパーフライ級王座から陥落。試合直後からファンや関係者から判定への不満が続出し、ゴンサレス本人も判定に抗議した結果、WBCはシーサケットvsゴンサレスの再戦指令を出し、同時にこの試合の勝者がカルロス・クアドラスとファン・フランシスコ・エストラーダの間で行われるWBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦の勝者との対戦を義務付けた[125]。ゴンサレスはシーサケットとの初戦で負ったダメージ回復のため、再戦を2017年の秋に予定しており、仮にシーサケットに勝利しても次は暫定王者との統一戦が義務付けられているため、WBO王者・井上がスーパーフライ級でのタイムリミットに設定していた2017年以内の井上との統一戦は日程的に絶望的になった。ゴンサレスvsシーサケットを生中継したWOWOWエキサイトマッチでゲスト解説を務めた井上はゴンサレスの敗戦に「まさか今日、負けるとは思わなかった。ちょっと言葉が見つからないですね・・・」とショックを露にし、放送後の会見では「大橋会長から今年の年末にロマゴン戦があるかもしれないと聞いていたのでショックですね」と呆然とした表情でコメントし[126]、自身の公式インスタグラムでも「ロマゴン。。がっくりした。。これでスーパーフライ級に留まる理由がなくなった。」とモチベーションの低下を露にした[127]。
敗戦を喫してパウンド・フォー・パウンドランキングでも1位から陥落して商品価値の落ちた今のゴンサレスに勝ったとしても『最強』の称号を手にする事はできなくなった[128]ということもあり、2017年5月21日に予定する次戦で早くもバンタム級に転向してWBA世界バンタム級スーパー王者のザナト・ザキヤノフへの挑戦が一度は計画された[129]。さらに、その次の試合でアメリカ初進出する際にはバンタム級でノンタイトル戦を行う事も検討しているとし、2017年の年末にはバンタム級でビッグマッチ実現を目指し、減量苦のスーパーフライ級に残留してまでロマゴンとの対戦には固執しない意向を表明した[130]。
また、バンタム級への転向が実現した場合には山中慎介(帝拳、元WBC世界バンタム級王者)との対決も期待されていたものの、山中は2017年8月15日にルイス・ネリー(メキシコ)に敗れて王座を陥落してしまった。但し、井上自身は「山中さんの今後(の去就)次第」としながらも、「ネリーに挑戦することも考えの中にある」として対戦意欲があることを明らかにしている
獲得タイトル
アマチュア
平成21年度全国高等学校総合体育大会ライトフライ級優勝
第64回国民体育大会ライトフライ級優勝
2010年アジアユース選手権ライトフライ級銅メダル
第21回全国高等学校ボクシング選抜大会兼JOCジュニアオリンピックカップライトフライ級優勝
第65回国民体育大会ライトフライ級優勝
第80回全日本アマチュアボクシング選手権大会ライトフライ級準優勝
2011年インドネシア大統領杯ライトフライ級金メダル
平成23年度全国高等学校総合体育大会ライトフライ級優勝
第81回全日本アマチュアボクシング選手権大会ライトフライ級優勝
プロ
第36代日本ライトフライ級王座(防衛0=返上)
第33代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王座(防衛0=返上)
WBC世界ライトフライ級王座(防衛1=返上)
WBO世界スーパーフライ級王座(防衛7=返上)
WBA世界バンタム級王座(防衛1)
IBF世界バンタム級王座(防衛0)
リングマガジン世界バンタム級王座
受賞歴
プロ・アマチュア年間表彰
2011年アマチュアボクシング部門 新鋭賞[132]
2012年プロボクシング部門 新鋭賞[133]
2014年プロボクシング部門 最優秀選手賞・KO賞[134]
2014年プロボクシング部門 年間最高試合賞(=2014年12月30日 WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ オマール・ナルバエス vs. 井上尚弥)
2015年プロボクシング部門 KO賞[135]
2016年プロボクシング部門 技能賞
2017年プロボクシング部門 技能賞
2018年プロボクシング部門 最優秀選手賞・優秀選手賞・KO賞
座間市体育協会 功労者(2013年)[136]
日本プロスポーツ大賞 新人賞(2013年)[137]
WBC 2014年4月度月間MVP
座間市市民栄誉賞(2014年)[138]
Boxing Scene.com's 2014 Fighter of The Year[139]
Secondsout.com 2014 Fighter of The Year
Fightnews.com “Fighter of the Year” for 2014[140]
WBO 2015年1月度月間MVP
WBO 2016年10月度月間MVP
WBA 2018年5月度月間優秀選手賞
報知プロスポーツ大賞(2018年)[141]
日本プロスポーツ大賞 殊勲賞・NHK賞(2018年)[142]
2018年度リングマガジン ノックアウト・オブ・ザ・イヤー(ファン・カルロス・パヤノ戦)[143]
2018年度WBA年間KO賞
著書
真っすぐに生きる。(扶桑社出版、2014年4月)[144]
怪物(KADOKAWA出版、2018年3月※中村航氏との共著)
第36代日本ライトフライ級王者。第33代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。元WBC世界ライトフライ級王者。元WBO世界スーパーフライ級王者。現WBA・IBF世界バンタム級統一王者。世界3階級制覇王者。アマチュア時代には、日本ボクシング史上初めて高校生にして7つのタイトルを獲得し、プロ転向後も8戦目での2階級制覇は国内最速記録(ワシル・ロマチェンコの世界最速となるプロ7戦目に次ぐ記録)[2]。血液型A型[3]。入場曲は佐藤直紀作曲の
人物
アマチュア時代は同じく元アマチュア選手の父・真吾が経営していた井上ボクシングジムで練習をしていた[4]。プロ転向に当たり、父はプロでの実績あるジムのトレーナーに息子を預けようとしたが、尚弥本人が「父は塗装業を経営していたのに、それを捨ててまで自分たちのトレーナーに就いてくれたからもっと頑張らなきゃと思うし、親子で二人三脚でやって世界王者になる事が一番意味がある事だから他の人では駄目」と希望したことで父も専属トレーナーとして大橋ジム入りしている[5]。井上はプロキャリアの初期から具志堅用高の持つ世界王座の日本人最多防衛記録(13度)の更新を目標に掲げている[6]。
弟の井上拓真もボクサーであり、2011年には綾瀬西高校からインターハイのピン級を制して兄弟優勝を達成[7]、2013年12月にプロデビュー、2018年12月にWBC世界バンタム級暫定王座を獲得し兄弟世界王者となった[8]。従兄の浩樹[4]もまたアマチュア選手として相模原青陵高校時代に三冠を達成し[9]、拓殖大学に在学していたが[10]、4年で中退し和歌山県の建設会社所属で紀の国わかやま国体成年男子の部ライトウェルター級優勝[11]や全日本社会人選手権優勝[12]を達成しアマ五冠達成の後、プロに転向した[13]。
通常体重は60kg弱のため、ライトフライ級時代までは減量に苦しんだ影響でパワーも半減していたが、階級をスーパーフライ級に上げて以降は減量苦が和らいだ事で本来の実力を発揮できるようになり、特にパンチ力が桁外れに上昇した。相手がガードしていても、ガードの上からパンチを叩き込んでダウンを奪う軽量級離れしたパワーを誇る。スパーリングでは3階級も上のフェザー級世界ランク1位の細野悟を圧倒し、さらに14オンスのグローブを使っているにも関わらず日本フェザー級5位の渡邉卓也(青木)は井上のボディブローを右腕でブロックして骨折してしまったという[14][15]。
プロ転向と同時に大橋ジムの大橋秀行会長によって付けられた「怪物(モンスター)」という異名について、当初はその爽やかなルックスもあってあまり似合わないという声が周囲からも多かった。井上本人は2015年の週刊少年チャンピオンでの板垣恵介との対談にて、「正直あまり気に入ってなかったのでライトフライ級世界王座の初防衛戦の時、リングアナウンサーに『モンスターとは呼ばないでほしい』と頼もうとしたんですけど、大橋会長に『俺が気に入ってるからいいんだ』って言われてしまって、そのままになってます(笑)」と語っている。また、減量苦から解放されて桁外れのパンチ力で豪快なKOを連発するようになったスーパーフライ級転向以降は「まさに怪物だ」と評され、ニックネームも定着している。また、プロ・アマ通じてダウンを奪われた事も流血した経験も一度もないと明かしている。
ロンドンオリンピック金メダリストの村田諒太とは、国際大会や強化合宿で一緒に練習し、宿舎で同部屋だったこともあり、弟のように可愛がられていた[16]。また、秀でた才能と真面目な人柄はアマチュア時代、他の選手からも愛され、井上のプロデビュー戦には川内将嗣、須佐勝明、清水聡、鈴木康弘といった選手の他に[17][18]、プロとの関係が正常化された日本アマチュアボクシング連盟(元・日本ボクシング連盟)会長の山根明をはじめとする関係者らも来場した[17]。
2015年12月1日に、相模原青陵高校にて同級生だった女性と7年の交際期間を経て結婚し[19]、2017年10月5日に長男が誕生した[20]。
『怪物』『天才』と称される井上だが、2013年にプロ4戦目を控えた当時20歳の井上の体力測定を行ったところ、左手の握力は47.8kg(一般人の平均は46kg)、瞬発力を測る左右への動きは54回(一般人平均値は48回)、身体の柔軟性を測る長座前屈に至っては43cmと一般人の平均値45cmを下回っていた。唯一、体幹のみが突出して強かったが、それ以外の筋力や反射神経、動体視力などの数値は一般人とさほど変わらない普通のレベルだった[21]。
来歴
アマチュアキャリア
小学校1年で父の下でボクシングを始める[22]。初の試合出場は6年生の時で、全国大会で中学2年生の相手にRSC勝ちを収めた[23]。中学校3年のときに行われた第1回全国U-15大会で優秀選手賞を受賞。
新磯高校(現・相模原青陵高校)1年でインターハイ・国体・選抜の三冠を達成し、アジアユース選手権で銅メダルを獲得[24]。
2年時には世界ユース選手権でベスト16入りし[25]、インターハイはベスト8に終わるものの、国体を連覇。また、初出場の全日本アマチュア選手権では決勝で林田太郎に敗れ準優勝。同階級だった田中亮明(中京高)との対戦成績は4戦全勝。
3年時にはインドネシア大統領杯で初の国際大会金メダルを獲得。さらに世界選手権出場を果たし、フライ級で3回戦まで進むが、キューバの選手に12-15の判定負けを喫しベスト16。国内ではインターハイに加え、全日本選手権で初優勝するとともに技能賞を獲得[26]。高校生初のアマチュア7冠を達成した[22][27]。
2012年にロンドンオリンピック予選会を兼ねたアジア選手権に出場し、ライトフライ級で決勝まで進むが、過去に世界選手権で銅メダリストとなっている地元カザフスタンのビルジャン・ジャキポフに11-16の判定負けを喫して銀メダルにとどまり、目標としていたロンドンオリンピック出場を逸した[28][29][30][31][映像 1]。
プロキャリア
2012年、大橋ボクシングジムに入門[27]。ジムとの契約書には井上自身の希望で「強い選手と戦う。弱い選手とは戦わない」との条件が付帯された[32]。7月2日に開かれたプロ転向・大橋ジム入りの発表会見では井岡一翔(井岡)が持つ世界王座最短奪取記録の更新を宣言した[33]。プロテストはスーパーバンタム級でB級ライセンスを受験[34]。実技試験は後楽園ホールの興行内で公開され[映像 2]、日本ライトフライ級王者黒田雅之(川崎新田)相手に左右の連打でコーナーに追い詰めるなど、実力を示して合格を果たした[35]。
プロデビュー戦は、10月2日に後楽園ホールにてOPBF東洋太平洋ミニマム級7位にランクされているクリソン・オマヤオ(フィリピン)と49キロ契約8回戦で対戦[22][36]。A級でのデビューは1987年の赤城武幸以来25年ぶり7人目で10代は初[37]。また、この試合は深夜録画ながらTBSの地上波「ガッツファイティング」で中継された[38][37]。試合は1回に右ボディーブローでダウンを奪い、4回に左ボディーブローを打ち込んでマットに沈め4回2分4秒KOで勝利[39]。10代では初の8回戦デビューを白星で飾り、プロ転向からわずか3か月でOPBF東洋太平洋ライトフライ級10位にランクインし[40]、日本ライトフライ級6位にもランクされた[41]。
2013年1月5日、後楽園ホールにて前WBA世界ミニマム級王者・八重樫東(大橋)の再起戦を前座に差し置き、メインイベントでタイライトフライ級王者ガオプラチャン・チュワタナ(タイ)と50キロ契約8回戦で対戦。当初陣営は、世界ランカーとの対戦を計画し3選手と交渉し1選手とは契約寸前までいったが、相手側の交渉人が井上のデビュー戦の動画を見てキャンセルしてきたという。また、この試合はTBSによってデビュー2戦目としては異例の夕方に地上波生中継された[42]。試合はガオプラチャンの右の打ち終わりに合わせたシャープな左フックで相手をキャンバスに沈め、1回1分50秒KOで下した[43]。この試合で、デビュー戦以来2試合連続となる月間最優秀選手賞を東日本ボクシング協会から受けた[44]。
2013年4月16日、後楽園ホールにて日本ライトフライ級1位の佐野友樹(松田)とノンタイトル10回戦で対戦。この試合はフジテレビ(カスペ!・ EXCITING TIME)で生中継され、同局では21年ぶりのゴールデンタイムでのボクシング中継となった[45]。試合は1回に左フックで相手の右目尻をカットさせると、2回に左ボディブローのフェイントから左フックでダウンを奪うが、3回に打った右ストレートが佐野の頭部に当たった際に右拳を負傷。以降は右のパンチを打てず、左手一本での戦いを余儀なくされたが、それでも4回に左フックからの連打でダウンを奪い、10回1分9秒TKO勝ちで下した[46]。この勝利で日本ライトフライ級1位にランクされた[47]。
5月19日の「ボクシングの日」イベントのトークショーに高野人母美(山上)らとともに参加[48]。
日本王座獲得
2013年8月25日、スカイアリーナ座間にて日本ライトフライ級王者の田口良一(ワタナベ)と対戦。試合は3-0(97-94、98-93、98-92)の判定勝ちで、辰吉丈一郎以来23年ぶりに国内最短タイ記録となる4戦目での日本王座を獲得した[49]。この勝利でOPBF東洋太平洋ライトフライ級1位にランクインし[50]、WBA世界ライトフライ級5位[51]、WBC世界ライトフライ級10位[52]、WBO世界ライトフライ級15位[53]にもランクされた。また、田口からは『リング』誌のランクも奪い、この試合後には同誌の定めるライトフライ級ランキングにも初登場した[54]。
2013年10月18日付で日本ライトフライ級王座を返上。3日後の10月21日、八重樫東と3分2回のエキシビションマッチを披露した[55]。
東洋太平洋王座獲得
2013年12月6日、両国国技館にて小野心(ワタナベ)の王座返上に伴い行われたOPBF東洋太平洋ライトフライ級王座決定戦で、OPBF東洋太平洋ライトフライ級2位のヘルソン・マンシオ(フィリピン)と対戦。試合は2回に連打でダウンを奪うなど有利に進め、5回2分51秒TKO勝ちで八重樫東らと並ぶ当時の国内男子最短タイ記録となるデビュー5戦目(2014年に田中恒成に更新される。女子を含めた記録は当時は藤岡奈穂子らの4戦だが、2014年好川菜々が3戦に更新)でOPBF王座を獲得した[56]。
2014年2月28日、世界タイトル挑戦のためOPBF王座を返上[57]。
6戦目での世界王座獲得
2014年4月6日、大田区総合体育館にてWBC世界ライトフライ級王者アドリアン・エルナンデス(メキシコ)に挑戦。井上の大橋ジムの先輩である八重樫東、大橋ジム会長の大橋秀行、そして大橋が現役時代に所属していたヨネクラボクシングジム会長の米倉健司と大橋ジム系3世代に渡って日本人男子世界王座獲得最短記録更新に失敗しており、4世代目となる井上による悲願達成が期待されての挑戦となった。試合の3週間前にインフルエンザにかかるなど、体調は万全に程遠かったが、試合開始早々からスピードと手数で一方的に圧倒し、4回終了時の公開採点でもジャッジ3者とも40-36のフルマークでリードしていたが、減量苦の影響で3回終了時から左足の太ももの裏がつってしまい、まともに足が動かない状態となった。最終ラウンドまで左足がもたないと判断し、覚悟を決めて打ち合いを挑んだ6回に接近戦で右フックでダウンを奪うとレフェリーがストップし6回2分54秒TKO勝ちを収め[58]、プロテスト実技試験終了後に宣言した通り[映像 2]、当時日本人男子最速となるプロ入り6戦目での世界王座獲得に成功した[59](後に田中恒成がデビュー5戦目で王座獲得し記録更新。女子も含めた最速は富樫直美の4戦[60])。この勝利はWBCから評価され、2014年4月度の月間MVPに選出された[61]。試合を中継したフジテレビは5月18日深夜に、この世界王座獲得試合の完全保存版を放送した[62]。
試合の一夜明け会見では、左足がつった事をはじめとして減量苦の影響が顕著である事を考慮して、防衛戦をしないまま王座を返上して階級を上げる事も検討する意向を示したが、その後「防衛戦を行う事は王者としての責任」と語り、階級を上げるのは初防衛に成功してからにする事を決めた。
2014年9月5日、国立代々木第二体育館にて元PABAミニマム級王者でWBC世界ライトフライ級13位のサマートレック・ゴーキャットジム(タイ)と対戦。試合は4回と6回にダウンを奪い、11回1分8秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した。試合後には改めて王座を返上し、階級を上げることを表明した[63]。
8戦目での2階級制覇達成・世界ボクシング界の年間MVP獲得
1階級上のフライ級でも減量が厳しいため、一気に2階級上のスーパーフライ級への転向を視野に入れつつ、12月30日に予定している大橋ジムとフジテレビの主催興行での世界王座挑戦を目指して陣営の交渉が行われた。まず、WBA世界スーパーフライ級王者河野公平への挑戦を正式に申し入れしたが、河野の試合が指名試合になる可能性がある事に加え、河野が所属するワタナベボクシングジムは2011年以来、毎年12月31日にテレビ東京放送の元で大晦日興行を開催しており、河野も既に大晦日に防衛戦を行う事が内定していたため、断られた[64]。
その後、大橋ジムからマッチメイクを依頼されたジョー小泉が、WBA世界フライ級王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)との対戦を交渉したが、レベコは10月31日に暫定王者のヨーッモンコン・ウォー・センテープとの統一戦が決まっており、年末に向けての本格的な交渉を始めるにはこの試合で怪我を負うことなく防衛することが条件であり、年末まで残された時間も短い状況だった。その際、レベコのマネージャーが同じアルゼンチン人(オズワルト・リベロOR・プロモーションズCEO)であるWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエスのマネージャーも兼任していたため、両者のどちらかへの挑戦を見据えて交渉を行い、レベコが左腕上腕の筋肉を裂傷してヨーッモンコンとの統一戦が延期された事が決定打となり、ナルバエスへの挑戦が決定した[65]。
2014年11月6日、スーパーフライ級へ転向するためにWBC世界ライトフライ級王座の返上を発表した[66][67]。
2014年11月24日、元世界5階級制覇王者ノニト・ドネア(フィリピン)からナルバエス対策のアドバイスを受けた[68]。
2014年12月21日、トレーナーである父・真吾が2014年のエディ・タウンゼント賞を受賞した[69]。
2014年12月30日、東京体育館でWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦。ナルバエスはフライ級世界王座を16連続防衛、WBO世界スーパーフライ級王座を11連続防衛中でプロ・アマ通じて20年以上150戦超のキャリアで一度もダウンを喫した事はなく、唯一の敗戦は1階級上のバンタム級でノニト・ドネアに判定負けしたのみでスーパーフライ級以下では14年間無敗の王者であり、井上自身も試合前には「観客からのブーイング覚悟でKOは捨てて判定でもいいから勝ちにいかないと勝負にならない相手」とコメントしていた。しかし、試合は序盤から井上が攻勢に出て初回から2度のダウンを奪う一方的な展開となり、2回も井上の攻勢は続き、この試合4度目のダウンでナルバエスが立ち上がることが出来ず、2回3分1秒KO勝ちを収め当時世界最速となる8戦目での飛び級での2階級制覇(現在はワシル・ロマチェンコの7戦目)を達成し、それまで世界最速だったポール・ウェアーの9戦目での2階級制覇を20年ぶりに塗り替えた[70][71]。試合直後のリング上ではナルバエス陣営がグローブに鉛を仕込んでいるのではないか?とクレームをつけた。大橋秀行会長が井上尚弥のグローブをその場で外して相手に確認させるとナルバエスのトレーナーは、苦笑いを浮かべて「グレートなニューチャンプだ!」と一言返したとのこと[72]。試合を放送したアルゼンチンのテレビも「ナルバエスはこれまでの全キャリアで食らったパンチよりも深いダメージを井上との2ラウンドで被ってしまった」と解説し、試合終了の瞬間、進行役が「イノイエ!」と絶叫したほどだった[73]。試合後、ナルバエスは「私のコンディションは良かったし、調整もきちんとしていたが、1ラウンドの一発目から効いてしまい、パンチ力に驚いた。本当に超ストロングなパンチだった。もっと上の階級のパンチ力だったし、パンチが速過ぎて見えなかった。気力ではなく体が限界だった。井上はノニト・ドネアよりも強かった。私を負かし、驚かせた。彼はまだ21歳。大きな未来が待っている。歴史的なチャンピオンになれると思う」とコメントした[74][75]。
この試合で井上は右拳を痛めてしまい、4月に予定されていた初防衛戦ではオプションによって再戦権を持つナルバエスとの再戦が内定していたが、治療に専念するために延期した[76]。
2014年12月31日、井上は、ボクシング・シーン・ドットコムとコンド・アウト・ドットコムに2014年の年間MVPに選出され[77]、2015年1月1日にファイトニュース・ドットコムの2014年の年間MVPに選出された[78]。
2015年1月6日、後楽園飯店で行われた2014年の年間表彰選手選考会に於いて、井上は2014年最優秀選手賞とKO賞に選出され、上述のナルバエス戦が年間最高試合に選出されるなど3冠を達成した[79]。1月10日、WBOの2015年1月度月間MVPに選出された[80][81]。
2015年3月、前年12月のナルバエス戦で痛めた右拳が脱臼していたことが判明した為、手術を行った[82]。
2015年12月1日、弟・拓真とともに大手芸能プロダクションのホリプロと専属マネジメント契約を締結した[83]。
2015年12月29日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級1位のワーリト・パレナス(フィリピン)と対戦。パレナスはかつて日本の勝又ボクシングジムに所属しウォーズ・カツマタとして活動していた。試合は2回にパレナスのガードの上から右フックを叩き込んでダウンを奪う衝撃的な破壊力を発揮するなど、2度のダウンを奪って1分20秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した[84]。この一戦を評した元世界スーパーフライ級チャンピオンの佐藤洋太は、パレナスとのスパーリング中にダウンを喫した逸話を紹介してパレナスの強さを称えつつ、そのパレナスを圧倒した井上を高く評価している[85]。
2016年5月8日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者デビッド・カルモナ(メキシコ)と対戦。初回から圧倒していたが、2回に右ストレートをカルモナのこめかみにヒットさせた際に古傷である右拳を負傷。それでも井上は怪我をセコンドに伝えずに左手一本で戦い続け、5回開始前になってセコンドに怪我のことを伝えて指示を受けながら戦うが、8回頃に今度は左拳までも負傷してしまった。しかし、それでも巧みな試合運びで主導権を握り続け、最終12回にはKOを狙って痛みに耐えながら猛攻を仕掛けてダウンを奪うなどKO寸前まで追い込み、12回3-0(2者が118-109、116-111)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[86][87]。
2016年9月4日、スカイアリーナ座間でWBO世界スーパーフライ級1位でABCコンチネンタル王者のペッバーンボーン・ゴーキャットジム(タイ)と対戦。 当初はオプションによる再戦権を持つWBO世界スーパーフライ級1位の前王者オマール・ナルバエスとの再戦が予定されていたがナルバエスがバンタム級転向を理由に対戦を辞退。続いて英国のメディアに対して井上との対戦を希望する発言を繰り返していた元IBF世界スーパーフライ級王者でWBO世界スーパーフライ級2位のゾラニ・テテにオファーをしたものの、テテもバンタム級転向を理由に対戦を拒否したため、WBO世界スーパーフライ級3位のペッバーンボーンとの対戦となり、試合時にはペッバーンボーンはWBO世界スーパーフライ級1位となっていた[88]。序盤はジャブを丁寧に突きながら試合を組み立てるが、後半になると試合2、3週間前に患ったという腰痛、さらには右拳を痛めた影響が出て不用意なパンチをもらうようになる。それでも相手にポイントは与えず、打ち合いの中で10回にダウンを奪い、10回3分3秒KO勝ちを収め3度目の防衛に成功した。試合後のリング上で大橋ジムの大橋秀行会長は6日後に井上との対戦が期待されるローマン・ゴンサレスがWBC世界スーパーフライ級王者カルロス・クアドラスに挑戦する試合を井上と共にアメリカで現地観戦し、来年にゴンサレス戦を実現させるべく交渉することを宣言した[89]。一夜明け会見で大橋会長は井上の次期防衛戦について、4日前に河野公平に勝利し、WBA世界スーパーフライ級王者になったルイス・コンセプシオン(パナマ)に統一戦のオファーを出したことを明らかにした[90]。10月10日、WBOは、井上をWBOの2016年10月度の月間MVPに選出した[91][92]。
2016年12月30日、有明コロシアムで元WBA世界スーパーフライ級王者でWBO世界スーパーフライ級10位の河野公平(ワタナベ)と対戦し、6回1分1秒TKO勝ちを収め、4度目の防衛に成功した[93][94][95]。
2017年5月21日、有明コロシアムでWBO世界スーパーフライ級2位でWBOラテンアメリカ王者のリカルド・ロドリゲス(アメリカ)と対戦し、3回1分08秒でTKO勝ちを収め、5度目の防衛に成功した[96]。
2017年9月9日、カリフォルニア州カーソンのスタブハブ・センター・テニスコートで行われた「SUPER FLY」にてローマン・ゴンザレスvsシーサケット・ソー・ルンヴィサイ第二戦の前座でWBO世界スーパーフライ級7位で元NABO北米バンタム級王者のアントニオ・ニエベス(アメリカ)と対戦し、ニエベスが6回終了時に棄権した為、6度目の防衛に成功しアメリカデビュー戦を飾った[97][98]。この試合で井上は182,500ドル(約2000万円)、ニエベスは35,000ドル(約400万円)のファイトマネーを稼いだ[99]。またこの試合は米国ではHBOのボクシング中継番組『ボクシングアフターダーク』で中継された。
2017年12月30日、横浜文化体育館でWBO世界スーパーフライ級6位で元フランスバンタム級王者のヨアン・ボワイヨ(フランス)と対戦し、3回1分40秒TKO勝ちを収め、7度目の防衛に成功した[100][101]。
16戦目での3階級制覇達成
2018年3月6日、同年5月25日に大田区総合体育館でWBA世界バンタム級正規王者のジェイミー・マクドネル(イギリス)と対戦し3階級制覇を目指すと発表した。井上が保持していたWBO世界スーパーフライ級王座は同日付で返上した[102][103]。World Boxing Super Seriesのプロモーターのカッレ・ザウアラントが、井上が今回3階級制覇を達成した場合、World Boxing Super Seriesのバンタム級に出場することで井上側と条件面で合意している事を明らかにした[104]。
2018年5月25日、大田区総合体育館にて、WBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネルと対戦し、初回1分52秒TKO勝ちを収め、日本最速となる3階級制覇を達成した[105][106]。この試合はアメリカではESPNのストリーミングサービス「ESPN+」で生配信された[107][108]。5月31日、WBAの2018年5月度月間優秀選手賞に選出された[109]。
World Boxing Super Series参戦
2018年7月11日、WBSSが正式に井上の出場を発表した[110][111]。7月20日にはロシア・モスクワで組み合わせ発表会が開催され、主催者により第2シードに選ばれた井上は一回戦の相手に元WBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を指名した[112][113][114]。
2018年10月7日、横浜アリーナでWBA世界バンタム級4位で元WBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノとWBSS一回戦を行い、1回1分10秒KO勝ちを収め初防衛に成功しWBSSの準決勝に進出した[115]。1分10秒の間に井上は3発しかパンチを放っていないが、井上の高速のワンツーがクリーンヒットしパヤノは後頭部から倒れ、パヤノの8年のプロ・キャリアで初めてのKO負けとなった。
2018年10月20日、フロリダ州オーランドのCFE・アリーナで行われたWBSS一回戦の一つであるIBF世界バンタム級タイトルマッチを観戦。勝者となったIBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)とリング上で対面し、次戦となるWBSS準決勝での対戦を煽った[116]。
2019年5月18日、イギリス・グラスゴーのThe SSE HydroでIBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲスとWBSS準決勝を戦い、2Rに3回ダウンを奪い、2R1分19秒でTKO勝ちを収め、WBSS決勝戦への進出を決めると共に、WBA王座の2度目の防衛、並びにIBF王座及びリングマガジン王座獲得に成功した[117]。なおこの試合は王座統一戦を行う場合にIBFはWBAの世界王座として最上位のスーパー王座しか認めていないため、王座統一戦として認められず、IBF世界バンタム級タイトルマッチとして、ロドリゲスのIBF王座のみが懸けられて行われた[118]。
2019年5月31日、WBAはIBF王座を獲得した井上をWBA世界王者からWBA世界ユニファイド王者に認定した[119]。
2019年11月7日、さいたまスーパーアリーナでWBA世界バンタム級スーパー王者ノニト・ドネアとの対戦が決定し、WBA王座は王座統一による3度目の防衛、IBF王座の初防衛及びWBSS優勝を目指す[120]。
世界的な評価
当時の日本人男子最短記録となる6戦目での世界王座獲得、世界最速8戦目での飛び級での2階級制覇達成といった記録もさることながら、日本人世界王者は『日本国内でしか戦わない』がゆえに海外での知名度・評価が低かったが、YouTubeなどの動画サイトの登場で井上の試合動画がアップロードされて世界中の人々が視聴できるようになったことで、世界のボクシング関係者からも高く評価されるようになった[121]。
特に2014年12月30日に行われたオマール・ナルバエス戦は、例年アメリカのボクシング界は年末は不活発のため年末の日本での世界戦を待たずして早々と年間MVPを選出してしまう専門家が多かったが、2014年に関しては「今年の年間賞の制定は年末まで待つべき」と指摘する関係者が米国内にも存在するなど開催前から注目されており[122]、フライ級世界王座を16連続防衛、WBO世界スーパーフライ級王座を11連続防衛中のナルバエスを一方的に打ちのめしてKO勝ちで2階級制覇を達成し、その試合が動画サイトにアップロードされたことで、井上はプロ転向後はまだ一度も海外で試合をしたことがないにも関わらず世界のボクシング関係者とファンからの知名度と評価が急上昇した。
マニー・パッキャオ、フロイド・メイウェザー・ジュニア、ゲンナジー・ゴロフキンといった世界の超スーパースター達を抑えて井上尚弥が、ボクシング・シーン・ドットコム、セコンド・アウト・ドットコム、ファイトニュース・ドットコムといった世界的な大手ボクシング専門ニュースサイトからも2014年の年間MVPに日本人史上初めて選出された。
2016年4月、アメリカ老舗ボクシング雑誌リング誌が選定するパウンド・フォー・パウンドランキングで井上が9位となり、山中慎介、内山高志に続いて日本人史上3人目となるランク入りを果たしている[123]。
所属する大橋ジムの大橋秀行会長は「井上尚弥にはラスベガス進出、5階級制覇、具志堅用高さんの日本記録を超える世界王座14連続防衛、メジャー4団体統一、ボクサー初の国民栄誉賞を取らせる」と公言している。
世界4階級制覇王者でリング誌を含む世界中のボクシング専門サイトでパウンド・フォー・パウンド最強王者に選出されていたローマン・ゴンサレスとの夢の頂上対決が期待されていた。井上本人もプロデビュー当初から「ロマゴンと対戦したい」という発言を繰り返し続けており、「アジア人のマニー・パッキャオがアメリカや世界のスーパースターになれたのは同階級にファン・マヌエル・マルケス、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレスら既に北米でスターだったライバルとの対戦があったから。僕にとってのロマゴンもそういう存在だと思う」と語っていた。井上は減量苦もあってフライ級に落とすことは出来ないため、「やるならスーパーフライ級で。ロマゴンと対戦できるのであれば2017年内まではスーパーフライ級に留まる。それ以上は待てないので2018年からはバンタム級以上に階級を上げる」と度々コメントしており、2016年9月にゴンサレスがスーパーフライ級に上げて4階級制覇を達成したことで対戦が現実味を帯びてきた。しかし、2017年3月にゴンサレスがキャリア初黒星を喫して王座陥落したため、井上が期限と定めた2017年以内の対戦は絶望的となった(後述)。
中量級~重量級が主体で軽量級は不人気なアメリカにおいては、1990年代の軽量級の絶対王者リカルド・ロペスでさえも、その強さゆえにライバル不在なこともあり、前座に甘んじることが多かった[124]が、ゴンサレスが本格的にアメリカ進出を始めるのと時を同じくして井上もナルバエスに勝って名前を知られるようになったことで、日本だけでなくアメリカを含む世界のファンや関係者からも対戦が期待されていた。
2017年3月18日、ゴンサレスがシーサケット・ソー・ルンヴィサイに僅差の判定負けでプロ・アマ通じて生涯初黒星を喫してWBC世界スーパーフライ級王座から陥落。試合直後からファンや関係者から判定への不満が続出し、ゴンサレス本人も判定に抗議した結果、WBCはシーサケットvsゴンサレスの再戦指令を出し、同時にこの試合の勝者がカルロス・クアドラスとファン・フランシスコ・エストラーダの間で行われるWBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦の勝者との対戦を義務付けた[125]。ゴンサレスはシーサケットとの初戦で負ったダメージ回復のため、再戦を2017年の秋に予定しており、仮にシーサケットに勝利しても次は暫定王者との統一戦が義務付けられているため、WBO王者・井上がスーパーフライ級でのタイムリミットに設定していた2017年以内の井上との統一戦は日程的に絶望的になった。ゴンサレスvsシーサケットを生中継したWOWOWエキサイトマッチでゲスト解説を務めた井上はゴンサレスの敗戦に「まさか今日、負けるとは思わなかった。ちょっと言葉が見つからないですね・・・」とショックを露にし、放送後の会見では「大橋会長から今年の年末にロマゴン戦があるかもしれないと聞いていたのでショックですね」と呆然とした表情でコメントし[126]、自身の公式インスタグラムでも「ロマゴン。。がっくりした。。これでスーパーフライ級に留まる理由がなくなった。」とモチベーションの低下を露にした[127]。
敗戦を喫してパウンド・フォー・パウンドランキングでも1位から陥落して商品価値の落ちた今のゴンサレスに勝ったとしても『最強』の称号を手にする事はできなくなった[128]ということもあり、2017年5月21日に予定する次戦で早くもバンタム級に転向してWBA世界バンタム級スーパー王者のザナト・ザキヤノフへの挑戦が一度は計画された[129]。さらに、その次の試合でアメリカ初進出する際にはバンタム級でノンタイトル戦を行う事も検討しているとし、2017年の年末にはバンタム級でビッグマッチ実現を目指し、減量苦のスーパーフライ級に残留してまでロマゴンとの対戦には固執しない意向を表明した[130]。
また、バンタム級への転向が実現した場合には山中慎介(帝拳、元WBC世界バンタム級王者)との対決も期待されていたものの、山中は2017年8月15日にルイス・ネリー(メキシコ)に敗れて王座を陥落してしまった。但し、井上自身は「山中さんの今後(の去就)次第」としながらも、「ネリーに挑戦することも考えの中にある」として対戦意欲があることを明らかにしている
獲得タイトル
アマチュア
平成21年度全国高等学校総合体育大会ライトフライ級優勝
第64回国民体育大会ライトフライ級優勝
2010年アジアユース選手権ライトフライ級銅メダル
第21回全国高等学校ボクシング選抜大会兼JOCジュニアオリンピックカップライトフライ級優勝
第65回国民体育大会ライトフライ級優勝
第80回全日本アマチュアボクシング選手権大会ライトフライ級準優勝
2011年インドネシア大統領杯ライトフライ級金メダル
平成23年度全国高等学校総合体育大会ライトフライ級優勝
第81回全日本アマチュアボクシング選手権大会ライトフライ級優勝
プロ
第36代日本ライトフライ級王座(防衛0=返上)
第33代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王座(防衛0=返上)
WBC世界ライトフライ級王座(防衛1=返上)
WBO世界スーパーフライ級王座(防衛7=返上)
WBA世界バンタム級王座(防衛1)
IBF世界バンタム級王座(防衛0)
リングマガジン世界バンタム級王座
受賞歴
プロ・アマチュア年間表彰
2011年アマチュアボクシング部門 新鋭賞[132]
2012年プロボクシング部門 新鋭賞[133]
2014年プロボクシング部門 最優秀選手賞・KO賞[134]
2014年プロボクシング部門 年間最高試合賞(=2014年12月30日 WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ オマール・ナルバエス vs. 井上尚弥)
2015年プロボクシング部門 KO賞[135]
2016年プロボクシング部門 技能賞
2017年プロボクシング部門 技能賞
2018年プロボクシング部門 最優秀選手賞・優秀選手賞・KO賞
座間市体育協会 功労者(2013年)[136]
日本プロスポーツ大賞 新人賞(2013年)[137]
WBC 2014年4月度月間MVP
座間市市民栄誉賞(2014年)[138]
Boxing Scene.com's 2014 Fighter of The Year[139]
Secondsout.com 2014 Fighter of The Year
Fightnews.com “Fighter of the Year” for 2014[140]
WBO 2015年1月度月間MVP
WBO 2016年10月度月間MVP
WBA 2018年5月度月間優秀選手賞
報知プロスポーツ大賞(2018年)[141]
日本プロスポーツ大賞 殊勲賞・NHK賞(2018年)[142]
2018年度リングマガジン ノックアウト・オブ・ザ・イヤー(ファン・カルロス・パヤノ戦)[143]
2018年度WBA年間KO賞
著書
真っすぐに生きる。(扶桑社出版、2014年4月)[144]
怪物(KADOKAWA出版、2018年3月※中村航氏との共著)
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