氷川 きよし(ひかわ きよし、1977年〈昭和52年〉9月6日 - )は、日本の演歌歌手である。
本名:山田 清志(やまだ きよし)。身長178cm。体重62kg。血液型はA型。レコード会社は日本コロムビア、芸能事務所は長良プロダクションに所属する。現代調ポップス系の楽曲を発表する際はKIYOSHI名義でも活動する。
来歴
福岡県福岡市南区出身。福岡市立大楠小学校・福岡市立高宮中学校を卒業後、福岡第一商業高等学校に進学して卒業。
2000年2月、「箱根八里の半次郎」で演歌歌手としてデビュー。同年末の日本レコード大賞を初めとする音楽賞・最優秀新人賞を総なめにした。
2001年には『オリコン ウィーク The Ichiban』(現:『oricon style』)誌の表紙を飾る。演歌歌手が同誌の表紙を飾るのは、『オリコン・ウィークリー』時代から数えても松村和子、城之内早苗に続いて3人目であり、男性演歌歌手では初めてのことだった。
2001年からリリースしている「演歌名曲コレクション」シリーズは、発売する度にオリコンアルバムチャート初登場ベストテン入りを記録している。また、シングルにおいても、2001年に発売した2枚目のシングル「大井追っかけ音次郎」で総合チャートベストテン入りして以降、「氷川きよし」名義のシングルは全てシングルチャートベストテン入りを果たしている。この記録を保持するのは、演歌歌手では氷川のみである。
2003年頃から、通信カラオケシステムDAMの機種改良に伴い、同機種で配信する氷川の代表曲(「箱根八里の半次郎」「きよしのズンドコ節」など)では、背景映像に氷川本人の出演する映像が多く採用されている。
2003年7月1日~25日納涼特別公演を中日劇場でした際、中日スポーツに初日から千秋楽までの公演の様子が掲載された[2]。
2006年、「一剣」で日本レコード大賞を受賞し、歴代4人目のレコード大賞3冠となった。2007年、「きよしのソーラン節」で日本有線大賞史上初の4回目の大賞受賞となる。2008年のNHK紅白歌合戦では白組の大トリを務めた。また、歌手活動以外にもタレント活動や歌謡劇への出演などを展開している。
特徴
楽曲
往年の演歌、昭和歌謡やムード歌謡、ポップスやロック調の歌まで、特定のジャンルにとらわれず歌唱する。「演歌名曲コレクション」シリーズなどのカバーアルバムを発表しているほか、『きよしとこの夜』などのテレビ番組ではポップス系の楽曲も数多く披露しており、KIYOSHI名義でのシングルCDも発表している。フジテレビ『ミュージックフェア』『FNSうたの夏まつり』『FNS歌謡祭』などではJ-POPを歌唱し、視聴者からも反響の声が大きかった。とりわけ『うたの夏まつり』でゆずとコラボレーションした「栄光の架橋」はその歌唱力が視聴者から絶賛され、菊川怜も『うたの夏まつり』で印象に残ったシーンとして氷川・ゆずのコラボレーションを挙げている。
歌う際の衣装は、和服ではなく洋服が多い。また、楽曲の振り付けは、複雑な動きを取り入れず、比較的簡単な手の動きのものが多い。これは、幼いファンから高齢のファンまでが覚えやすく、座ったままでも可能な動きであるよう考慮されているためである。
ビートたけしによる芸名の命名と応援
芸名の「氷川」は、所属事務所の長良プロダクションがあった東京都港区赤坂6丁目にある氷川神社、「きよし」は氷川の本名である「山田清志」に由来する。名付け親はビートたけし(北野武)であるとされるが、実際は事務所会長の長良じゅんが命名しており、長良が氷川をたけしに紹介した際には、既に「氷川きよし」という芸名でのデビューがほぼ決まっていた。長良は、新人歌手の氷川を売り込むため、話題作りとしてたけしを名付け親にしようと考えたという。この話はたけし自身が明かしている[3][4]が、一方で、その後もたけしは自らが名付け親であると公言することがある[5]。
氷川がデビューした年に初出場したNHK紅白歌合戦では、たけしも志村けんとともに氷川の応援前座として初出場した。また、この年の日本レコード大賞新人賞受賞でも、たけしは氷川の応援として登壇している。
人物
2000年にテレビ朝日系列で放送された『神出鬼没!タケシムケン』では知名度上昇のために街角を歩き続けたが、「箱根八里の半次郎」がヒットする前だったために一般人からの反応が薄く、「僕、本当に売れるんですかね?」と不安を述べていた。
一躍人気歌手となってからは、演歌界のプリンスと言われている。
2013年9月に放送された『森田一義アワー 笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」コーナーでは、元来心配性で思い詰めやすく、ツアーが満員になるにもかかわらず気分が沈んでしまい、「落ち目なのか?」と考えることがあると告白した。また、5年ほど訪れていない都道府県にツアーなどで再訪する際は不安になると語った。2012年5月、所属事務所会長の長良じゅんがハワイで事故死してからは、このような傾向が顕著となる。2013年9月9日に行われた日本酒「白鶴 まる」の新CM発表会見でも、不安に怯えて宿泊先で絶叫する癖や、休日に泥酔するまで酒を飲む習慣があることを語っている[6]。
育ての親である長良が亡くなった当初は落ち込んでいる様子であったが、その後は完全に復調し、精力的に仕事を行っている。
ドラゴンボール好きでも知られ、野沢雅子のギネス記録認定式にも駆け付けた
その他
浅草人情
あの娘は行っちゃった
月太郎笠
近江の鯉太郎
花の渡り鳥
北荒野
純子の港町
あのままあの娘とあれっきり
霧笛の波止場
玄海竜虎伝
送恋譜
でんでん虫
口笛の港
故郷はわが胸に
未来/believe〜あきらめないで〜 - 「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」主題歌、挿入歌。KIYOSHI名義
SAY YES - CHAGE and ASKAの楽曲。ポップスの曲で一番得意として、NHK教育のトップランナー出演時に歌った
きよしのチキチキOHAソング - 「おはスタ」のテーマソング(2016年11月7日 - 2017年9月29日)。氷川きよし with コケッコ組名義
受賞歴
歌謡分野
2000年:歌唱曲『箱根八里の半次郎』
第42回日本レコード大賞・最優秀新人賞
第33回日本有線大賞・最優秀新人賞
全日本有線放送大賞・最優秀新人賞
ゴールデン・アロー賞・音楽新人賞/最優秀新人賞
日本作詩大賞・大賞 - (実際は作詞した松井由利夫が受賞したが、デビュー曲が受賞したのは史上初)
2001年:歌唱曲『大井追っかけ音次郎』
第43回日本レコード大賞・金賞
第34回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
オールジャパンリクエストアワード(旧全日本有線放送大賞)・ゴールデンアーティスト賞
2002年:歌唱曲『きよしのズンドコ節』・『星空の秋子』
オールジャパンリクエストアワード・グランプリ(演歌・歌謡曲部門)
第44回日本レコード大賞・金賞
第35回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
2003年:歌唱曲『白雲の城』
第36回日本有線大賞
ベストヒット歌謡祭(旧全日本有線放送大賞)・グランプリ連覇(演歌・歌謡曲部門)
第45回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞
ゴールデン・アロー賞・音楽賞/大賞
東西有線大賞独占V1達成
2004年:歌唱曲『きよしのドドンパ』・『番場の忠太郎』
第37回日本有線大賞連覇
ベストヒット歌謡祭・グランプリ3連覇(演歌・歌謡曲部門)
第46回日本レコード大賞・金賞
東西有線大賞独占V2達成
2005年:歌唱曲『初恋列車』・『面影の都』
ベストヒット歌謡祭・グランプリ4連覇 - (演歌・歌謡曲部門、4連覇達成は浜崎あゆみに次いで史上2人目)
第38回日本有線大賞 3連覇 - (この受賞でテレサ・テンに次いで2人目、男性歌手としては初めての東西有線大賞3連覇達成)
第47回日本レコード大賞・金賞
2006年:歌唱曲『一剣』
第48回日本レコード大賞
2007年:歌唱曲『あばよ』・『きよしのソーラン節』
第40回日本有線大賞
第49回日本レコード大賞・金賞
2008年:歌唱曲『玄海船歌』・『哀愁の湖』
第41回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第50回日本レコード大賞・優秀作品賞
2009年:歌唱曲『ときめきのルンバ』
第42回日本作詩大賞
第42回日本有線大賞
第51回日本レコード大賞・優秀作品賞
2010年:歌唱曲『虹色のバイヨン』
第43回日本有線大賞
第52回日本レコード大賞・優秀作品賞
2011年:歌唱曲『情熱のマリアッチ』
第44回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第53回日本レコード大賞・優秀作品賞
2012年:歌唱曲『櫻』
第45回日本有線大賞
第54回日本レコード大賞・優秀作品賞
2013年:歌唱曲『満天の瞳』
第46回日本有線大賞
第55回日本レコード大賞・優秀作品賞
2014年:歌唱曲『ちょいと気まぐれ渡り鳥』
第47回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第56回日本レコード大賞・優秀作品賞・編曲賞
2015年:歌唱曲『男花』『愛しのテキーロ』
第48回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第57回日本レコード大賞・優秀作品賞
2016年:歌唱曲『みれん心』
第49回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第58回日本レコード大賞・優秀作品賞
2017年:歌唱曲『男の絶唱』
第50回日本有線大賞・日本有線大賞
第59回日本レコード大賞・優秀作品賞
2018年:歌唱曲『勝負の花道』
第60回日本レコード大賞・優秀作品賞
2019年:歌唱曲『大丈夫』『最上の船頭』
第1回日本演歌歌謡大賞・大賞
その他
第14回日本ジュエリーベストドレッサー賞男性部門
本名:山田 清志(やまだ きよし)。身長178cm。体重62kg。血液型はA型。レコード会社は日本コロムビア、芸能事務所は長良プロダクションに所属する。現代調ポップス系の楽曲を発表する際はKIYOSHI名義でも活動する。
来歴
福岡県福岡市南区出身。福岡市立大楠小学校・福岡市立高宮中学校を卒業後、福岡第一商業高等学校に進学して卒業。
2000年2月、「箱根八里の半次郎」で演歌歌手としてデビュー。同年末の日本レコード大賞を初めとする音楽賞・最優秀新人賞を総なめにした。
2001年には『オリコン ウィーク The Ichiban』(現:『oricon style』)誌の表紙を飾る。演歌歌手が同誌の表紙を飾るのは、『オリコン・ウィークリー』時代から数えても松村和子、城之内早苗に続いて3人目であり、男性演歌歌手では初めてのことだった。
2001年からリリースしている「演歌名曲コレクション」シリーズは、発売する度にオリコンアルバムチャート初登場ベストテン入りを記録している。また、シングルにおいても、2001年に発売した2枚目のシングル「大井追っかけ音次郎」で総合チャートベストテン入りして以降、「氷川きよし」名義のシングルは全てシングルチャートベストテン入りを果たしている。この記録を保持するのは、演歌歌手では氷川のみである。
2003年頃から、通信カラオケシステムDAMの機種改良に伴い、同機種で配信する氷川の代表曲(「箱根八里の半次郎」「きよしのズンドコ節」など)では、背景映像に氷川本人の出演する映像が多く採用されている。
2003年7月1日~25日納涼特別公演を中日劇場でした際、中日スポーツに初日から千秋楽までの公演の様子が掲載された[2]。
2006年、「一剣」で日本レコード大賞を受賞し、歴代4人目のレコード大賞3冠となった。2007年、「きよしのソーラン節」で日本有線大賞史上初の4回目の大賞受賞となる。2008年のNHK紅白歌合戦では白組の大トリを務めた。また、歌手活動以外にもタレント活動や歌謡劇への出演などを展開している。
特徴
楽曲
往年の演歌、昭和歌謡やムード歌謡、ポップスやロック調の歌まで、特定のジャンルにとらわれず歌唱する。「演歌名曲コレクション」シリーズなどのカバーアルバムを発表しているほか、『きよしとこの夜』などのテレビ番組ではポップス系の楽曲も数多く披露しており、KIYOSHI名義でのシングルCDも発表している。フジテレビ『ミュージックフェア』『FNSうたの夏まつり』『FNS歌謡祭』などではJ-POPを歌唱し、視聴者からも反響の声が大きかった。とりわけ『うたの夏まつり』でゆずとコラボレーションした「栄光の架橋」はその歌唱力が視聴者から絶賛され、菊川怜も『うたの夏まつり』で印象に残ったシーンとして氷川・ゆずのコラボレーションを挙げている。
歌う際の衣装は、和服ではなく洋服が多い。また、楽曲の振り付けは、複雑な動きを取り入れず、比較的簡単な手の動きのものが多い。これは、幼いファンから高齢のファンまでが覚えやすく、座ったままでも可能な動きであるよう考慮されているためである。
ビートたけしによる芸名の命名と応援
芸名の「氷川」は、所属事務所の長良プロダクションがあった東京都港区赤坂6丁目にある氷川神社、「きよし」は氷川の本名である「山田清志」に由来する。名付け親はビートたけし(北野武)であるとされるが、実際は事務所会長の長良じゅんが命名しており、長良が氷川をたけしに紹介した際には、既に「氷川きよし」という芸名でのデビューがほぼ決まっていた。長良は、新人歌手の氷川を売り込むため、話題作りとしてたけしを名付け親にしようと考えたという。この話はたけし自身が明かしている[3][4]が、一方で、その後もたけしは自らが名付け親であると公言することがある[5]。
氷川がデビューした年に初出場したNHK紅白歌合戦では、たけしも志村けんとともに氷川の応援前座として初出場した。また、この年の日本レコード大賞新人賞受賞でも、たけしは氷川の応援として登壇している。
人物
2000年にテレビ朝日系列で放送された『神出鬼没!タケシムケン』では知名度上昇のために街角を歩き続けたが、「箱根八里の半次郎」がヒットする前だったために一般人からの反応が薄く、「僕、本当に売れるんですかね?」と不安を述べていた。
一躍人気歌手となってからは、演歌界のプリンスと言われている。
2013年9月に放送された『森田一義アワー 笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」コーナーでは、元来心配性で思い詰めやすく、ツアーが満員になるにもかかわらず気分が沈んでしまい、「落ち目なのか?」と考えることがあると告白した。また、5年ほど訪れていない都道府県にツアーなどで再訪する際は不安になると語った。2012年5月、所属事務所会長の長良じゅんがハワイで事故死してからは、このような傾向が顕著となる。2013年9月9日に行われた日本酒「白鶴 まる」の新CM発表会見でも、不安に怯えて宿泊先で絶叫する癖や、休日に泥酔するまで酒を飲む習慣があることを語っている[6]。
育ての親である長良が亡くなった当初は落ち込んでいる様子であったが、その後は完全に復調し、精力的に仕事を行っている。
ドラゴンボール好きでも知られ、野沢雅子のギネス記録認定式にも駆け付けた
その他
浅草人情
あの娘は行っちゃった
月太郎笠
近江の鯉太郎
花の渡り鳥
北荒野
純子の港町
あのままあの娘とあれっきり
霧笛の波止場
玄海竜虎伝
送恋譜
でんでん虫
口笛の港
故郷はわが胸に
未来/believe〜あきらめないで〜 - 「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」主題歌、挿入歌。KIYOSHI名義
SAY YES - CHAGE and ASKAの楽曲。ポップスの曲で一番得意として、NHK教育のトップランナー出演時に歌った
きよしのチキチキOHAソング - 「おはスタ」のテーマソング(2016年11月7日 - 2017年9月29日)。氷川きよし with コケッコ組名義
受賞歴
歌謡分野
2000年:歌唱曲『箱根八里の半次郎』
第42回日本レコード大賞・最優秀新人賞
第33回日本有線大賞・最優秀新人賞
全日本有線放送大賞・最優秀新人賞
ゴールデン・アロー賞・音楽新人賞/最優秀新人賞
日本作詩大賞・大賞 - (実際は作詞した松井由利夫が受賞したが、デビュー曲が受賞したのは史上初)
2001年:歌唱曲『大井追っかけ音次郎』
第43回日本レコード大賞・金賞
第34回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
オールジャパンリクエストアワード(旧全日本有線放送大賞)・ゴールデンアーティスト賞
2002年:歌唱曲『きよしのズンドコ節』・『星空の秋子』
オールジャパンリクエストアワード・グランプリ(演歌・歌謡曲部門)
第44回日本レコード大賞・金賞
第35回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
2003年:歌唱曲『白雲の城』
第36回日本有線大賞
ベストヒット歌謡祭(旧全日本有線放送大賞)・グランプリ連覇(演歌・歌謡曲部門)
第45回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞
ゴールデン・アロー賞・音楽賞/大賞
東西有線大賞独占V1達成
2004年:歌唱曲『きよしのドドンパ』・『番場の忠太郎』
第37回日本有線大賞連覇
ベストヒット歌謡祭・グランプリ3連覇(演歌・歌謡曲部門)
第46回日本レコード大賞・金賞
東西有線大賞独占V2達成
2005年:歌唱曲『初恋列車』・『面影の都』
ベストヒット歌謡祭・グランプリ4連覇 - (演歌・歌謡曲部門、4連覇達成は浜崎あゆみに次いで史上2人目)
第38回日本有線大賞 3連覇 - (この受賞でテレサ・テンに次いで2人目、男性歌手としては初めての東西有線大賞3連覇達成)
第47回日本レコード大賞・金賞
2006年:歌唱曲『一剣』
第48回日本レコード大賞
2007年:歌唱曲『あばよ』・『きよしのソーラン節』
第40回日本有線大賞
第49回日本レコード大賞・金賞
2008年:歌唱曲『玄海船歌』・『哀愁の湖』
第41回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第50回日本レコード大賞・優秀作品賞
2009年:歌唱曲『ときめきのルンバ』
第42回日本作詩大賞
第42回日本有線大賞
第51回日本レコード大賞・優秀作品賞
2010年:歌唱曲『虹色のバイヨン』
第43回日本有線大賞
第52回日本レコード大賞・優秀作品賞
2011年:歌唱曲『情熱のマリアッチ』
第44回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第53回日本レコード大賞・優秀作品賞
2012年:歌唱曲『櫻』
第45回日本有線大賞
第54回日本レコード大賞・優秀作品賞
2013年:歌唱曲『満天の瞳』
第46回日本有線大賞
第55回日本レコード大賞・優秀作品賞
2014年:歌唱曲『ちょいと気まぐれ渡り鳥』
第47回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第56回日本レコード大賞・優秀作品賞・編曲賞
2015年:歌唱曲『男花』『愛しのテキーロ』
第48回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第57回日本レコード大賞・優秀作品賞
2016年:歌唱曲『みれん心』
第49回日本有線大賞・有線音楽優秀賞
第58回日本レコード大賞・優秀作品賞
2017年:歌唱曲『男の絶唱』
第50回日本有線大賞・日本有線大賞
第59回日本レコード大賞・優秀作品賞
2018年:歌唱曲『勝負の花道』
第60回日本レコード大賞・優秀作品賞
2019年:歌唱曲『大丈夫』『最上の船頭』
第1回日本演歌歌謡大賞・大賞
その他
第14回日本ジュエリーベストドレッサー賞男性部門
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