الثلاثاء، 3 سبتمبر 2019

水曜どうでしょう

『水曜どうでしょう』(すいようどうでしょう、How do you like wednesday?[1])は、北海道テレビ(HTB)制作のバラエティ深夜番組。通称は「どうでしょう」・「水どう」・「どうリタ(リターンズ)」・「どうクラ(Classic)」など。シンボルキャラクターは福助人形。

北海道のローカル番組ながら、旅をメインとした様々な企画を行い、口コミやインターネットなどでファンを拡大した。レギュラー放送は2002年9月に終了したが、再放送である『どうでしょうリターンズ』・『水曜どうでしょうClassic』(水曜どうでしょうシリーズ参照)が今日でも各地で放送されており、2007年には全国47都道府県すべてで放送を達成した。そしておよそ数年に1回のペースで『水曜どうでしょう』自体の新作も撮影・作成され、こちらも北海道での本放送開始を皮切りに順次放送されている。また、番組を再構成・再編集したDVD『水曜どうでしょうDVD全集』も発売されている
概要
1996年10月10日(10月9日深夜)に放送を開始。レギュラー出演者は鈴井貴之と大泉洋、ロケ同行ディレクターは藤村忠寿ディレクターと嬉野雅道ディレクターの2名。基本的にこの4人が無謀な旅をし、その模様を放送する。放送開始当時は固定の出演者・企画を設定せずに、前身番組である『モザイクな夜V3』の延長線上の番組として様々な企画を行っていた。しかし、そのうちの一つである「鈴井・大泉による旅メインの企画」が人気となったことから、1997年後半には旅企画へと一本化し、現行の出演者とディレクターがひたすら会話を繰り広げていくスタイルとなった。番組初期に放送された「鈴井・大泉の旅企画」以外の企画については初期企画の項を参照。

番組の放映開始当初から「低予算」「低姿勢」「低カロリー」の「3低」をモットーにしている。初期は数回分の製作予算での日本国内での移動が多かった。しかし、後期になると数か月分の制作予算を一気に使って行く日本国外への旅がメインとなった。

2002年9月25日にレギュラー放送を終了。その際に「今後、一生続けられるペースで『水曜どうでしょう』をやっていく」と宣言(いわゆる『一生どうでしょうします』宣言)。レギュラー放送終了後は不定期での新作放送や、過去に放送された企画の再放送・DVD化が行われている。また、テレビ放送以外の形でファンを楽しませることを目的として、『どうでしょう本』の制作や『水曜天幕團』による演劇公演などさまざまな番組関連企画が行われている。

『水曜どうでしょう』は北海道外でも放送されており、この成功を機に、大泉が出演している『おにぎりあたためますか』、『1×8いこうよ!』(STV)など、北海道で制作されるバラエティ番組が道外で放送されるようになった。また番組内で登場した北海道テレビのマスコットキャラクター・onちゃんは安田顕が着ぐるみのスーツアクターとして活躍し、ローカル局のマスコットキャラクターでは異例となる全国的な知名度を得ることとなった。

業界関係者にもファンが多く、北海道テレビのキー局であるテレビ朝日の『くりぃむナントカ』で行われた「テレビ朝日社員が好きな番組ランキング」では『タモリ倶楽部』『めちゃ2イケてるッ!』に次ぎ3位にランクインした[2]。

著名人・芸能人の中にもファンが多く、雑誌『Quick Japan』Vol.52(太田出版)で水曜どうでしょう特集が組まれた際には、吉川晃司・つのだ☆ひろ・佐藤友哉・清野とおるがファンとしてコメントを寄せた。また映画監督の本広克行も番組のファンで四国香川映画祭で藤村・嬉野とトークショーを行っている。藤村曰くとくに四国R-14を絶賛しているという。その他プロ野球選手の武田勝がファンを公言しており、公式戦における自身の登場曲を「1/6の夢旅人2002」にした他、藤村と対談企画も行なった。

番組販売・DVD等の売上による北海道テレビへの営業面での貢献も大きく、北海道テレビの放送外収入は2008年度で約20億円[3]、2014年度は本番組単体で約24億円にも達している[4]。特にDVDについては減価償却済みの映像を二次使用する形のため利益貢献が極めて高いという[3]。

番組タイトル
企画段階では「花と筋肉」という案などが提案された。しかし、全て却下された後に、鈴井が「放送日が水曜日だから」と『水曜ロードショー』(『金曜ロードショー』の前身番組、およびTBS系列での2期)から、「水曜どうでしょう」と決定。番組作りの姿勢「こんな番組作ってみました。どうでしょう?」を表現している(official websiteFAQより)。そのため番組タイトルは「どう-でしょう」とは発音せず、「どうで-しょう」(『ロードショー』と同じアクセント)と発音する。

制作スタイル
第1回に放送された「東京でのアンルイスへのインタビュー企画」の撮影が終わった時、「せっかく東京に来たのにそのまま帰ってはもったいない」と、鈴井が「サイコロの旅」(サイコロの出た目で次の行き先と手段を決定して東京から北海道まで帰る)を企画した。これが実質的に『水曜どうでしょう』の始まりとなり、これをきっかけとして「特殊な旅番組」というひとつのスタンスが生まれた。撮影はソニーの家庭用ビデオカメラ[5]を使用してディレクターが行った。

旅番組としての要素が盛り込まれているものの、低予算を逆手にとり、移動には「深夜バス」[6]などを利用した。道中に繰り広げられるタレントとスタッフのケンカ、罵り合い、座席や料理をめぐる醜い争い、愚痴などをそのまま放送したところ、口コミなどで「面白い番組」という噂が広がっていった。愚痴や罵り合いは企画の詰めの甘さ(無さ)に起因していて、鈴井や大泉の説教や、インチキ(やらせ)を計画・実行しようとする様子もそのまま「ネタ」として放送する[7]。観光の要素は一部に含むが、食事や買い物についてクローズアップされることはほとんどない。一部の例外はあるものの、基本的に下ネタを含むトークは放送されない[8]。

藤村が会話に加わるようになり、大泉と藤村の会話が中心になったことで、鈴井の心境が変化した。番組の作風も様変わりした。「ミスターのいいじゃないか!運動」として大泉と藤村のトークのネタになっている。

放送時間
期間 放送曜日 放送時間(日本時間)
1996.10.10 1998.03.26 木曜日(水曜深夜) 00:50 - 01:20(30分)
1998.04.01 2000.03 水曜日 23:25 - 23:55(30分)
2000.04 2001.09 水曜日 23:09 - 23:39(30分)
2001.10 2002.09.25 水曜日 23:15 - 23:45(30分)
どうでしょう班
「どうでしょう班(そのほか“TEAM どうでしょう”、“どうでしょう軍団”とも自称)」と呼ばれるのは出演者2人と同行ディレクター2人の計4人で、特にディレクターの2人は「ディレクター陣(D陣)」と呼ばれることが多い。番組立ち上げ時点では、鈴井を除いてテレビ番組の出演・制作経験が1~2年程度と浅いチームでもあった。

出演者
鈴井貴之
番組の企画・構成も兼務。前身番組の『モザイクな夜V3』でも企画・構成・出演などを行なっており、その手腕が知られていたことから起用された。
大泉洋
演劇ユニットTEAM NACSのメンバーであり(後述)、鈴井が会長(放送開始から暫くは社長)を務める芸能事務所「CREATIVE OFFICE CUE」の所属タレント。
大泉は番組の開始当初、現役の大学生であった。「水曜どうでしょう」の放送が開始される前からHTBで放送されていた『モザイクな夜V3』にアルバイトで出演していた。その時の緊張感のなさや「ディレクターの指示待ちでない態度」が逆に面白いということから、藤村に見出され起用が決まった。なお、藤村が大泉の起用案を提案した際、鈴井は当時プロ意識の薄かった大泉の起用へやや難色を示したという。

ディレクター
藤村忠寿
実家は名古屋市中区でかつて喫茶店を経営していたが、2014年1月31日に閉店となった。この喫茶店は番組企画内でも登場したことがある。番組内でのナレーションパートも担当し、現在位置・目的地などを地図上で説明する場面や行程のダイジェストシーンなどで声を聞くことができる。
嬉野雅道
どうでしょう班の主要メンバーでは最年長。スチル写真が趣味であることからカメラマンを自ら買って出た。
D陣は主に声だけの出演で、2人の姿は意図的に撮影しないようにされている。意図的に撮影された回数は少ない一方で、画面上へ見切れることは多い。カメラ撮影は主に嬉野が担当し、藤村は前述のようにナレーションも担当する。また、この2人で企画・構成の担当、VTRの編集作業、グッズや『どうでしょう』関連イベントの仕事も担当する。

かつて藤村は北海道テレビ本社、嬉野は子会社であるHTB映像(エイチ・テー・ビー映像)の社員であったが、2010年4月1日の組織改編により嬉野が本社に移籍し、共にコンテンツ事業室の所属となった。

その他の出演者
TEAM NACS
『四国R-14』と前後企画(『ドラマ四国R-14を100倍楽しく見る方法』『メイキング・オブ・四国R-14』)、「対決列島」の前・後枠に出演。大泉らが中心となって結成された劇団で、同じくCREATIVE OFFICE CUEに所属する。
安田顕
どうでしょう班以外で最も出演数が多い準レギュラー的な位置で、レギュラー最終回でのエンディングでは鈴井・大泉と同じ扱いを受けた。企画に登場する際はHTBのマスコットキャラクターであるonちゃんのスーツアクターとして登場することが多かった。その際はテロップ上で「安田さん[9] onちゃん」の表記になり、安田自身についても「onちゃん」と呼称される(詳細は後述)。また、『どうでしょうリターンズ』の番組ナビゲーター「DNA(「どうでしょうナビゲートあんちゃん」の略)」としても出演した。
安田の参加企画は番組内でも人気の企画が多く(「シェフ大泉 夏野菜スペシャル」「シェフ大泉 クリスマスパーティー」「対決列島」など)、藤村は「いつもは大泉さんとミスターの2人がメインだけど、そこへ全く違う爆弾を投入することによってテンポが出る」と評している。
音尾琢真
noちゃんのスーツアクターとして「釣りバカ対決」などに出演した(詳細は後述)。安田と同じくテロップでは「チームナックス音尾さん[9]noちゃん」と表記されている。
森崎博之
「四国八十八ヵ所III」で鈴井・安田の代理として出演。また、『リターンズ』では鈴井と共にナビゲート部分の台本構成を手がけた。
佐藤重幸(現:戸次重幸)
顔写真が数度出たのと「対決列島」の前枠・後枠で出演しただけであり、TEAM NACSでは唯一、鈴井・大泉による本編の旅企画で出演がない。したがって、「ラストラン」におけるエンディングでも、佐藤だけは『四国R-14』の映像が使われている(他のメンバーは本編での旅企画の映像)。
「水曜どうでしょうプロジェクト2000『四国R-14』」における出演者は『四国R-14』を参照、初期企画の出演者に関しては初期企画を参照のこと。また、企画に際してロケ先のガイド(アラスカ・ユーコン川・ベトナム・西表島)も重要な役割を果たした。また、前枠・後枠では高台公園で遊ぶ子供達をエキストラとして“引き入れる”こともあった。

スタッフ
企画 - 鈴井貴之(『リターンズ』では構成も兼ねる)
構成 - 森崎博之(『リターンズ』のみ)
カリスマスタイリスト - 小松江里子
美術 - BgBee/坂谷ゆう子
CG - BgBee/前田育宏・松尾裕介・畠山幸太
題字 - 浜田次朗(BgBee)
音響効果 - 工藤哲也(FIXE)
ENG撮影 - 鈴木武司・坂本忠昭
ENG音声 - 松澤聡・末永大輔・中田靖博
撮影 - 佐々木耕(「粗大ごみで家を作ろう」、「クイズ!試験に出るどうでしょう」スタジオ監禁風景)
編集 - 西村静志(三新ビデオセンター・『リターンズ』のみ)
番組イメージソング - 「1/6の夢旅人」「1/6の夢旅人2002」 樋口了一
協力 - CREATIVE OFFICE CUE
制作応援 - 福屋渉
ディレクター - 清水浩(「東北2泊3日生き地獄ツアー」ツアー客同行担当D、「クイズ!試験に出るどうでしょう」スタジオ監禁担当D、「コスタリカ編」では現地にて同行)、加藤朋秀(「粗大ごみで家を作ろう」)
チーフディレクター - 藤村忠寿
ディレクター(デジタルビデオ撮影) - 嬉野雅道
プロデューサー - 土井巧[10](初代)、四宮康雅(2代目・4代目)、川筋雅文(3代目)、明田晋弥(5代目)、矢澤浩(6代目)
この他にも企画によっては違う番組のスタッフ(『ハナタレナックス』の福屋渉Pや『ドラバラ鈴井の巣』の杉山順一Dなど)が応援でロケに同行したり、本職のカメラマン(佐々木耕)が企画を撮影したこともある。
制作著作 - 北海道テレビ
DVD制作スタッフについては、水曜どうでしょうDVD全集の項目を参照。

年表
1996年
3月20日、前身番組『モザイクな夜V3』内で『古畑任三郎』のパロディーコント「占畑任三朗」で鈴井・大泉が初共演。藤村が監督、嬉野も出演しており、4人が初めて同じ仕事をした企画となった[11]。
9月12日、番組初のロケ収録。
10月10日、番組第1回目を放送開始。第1回放送内容は、「アン・ルイスのアーティストインタビュー」と「サイコロの旅」で、深夜24時50分開始にもかかわらず初回視聴率4.4%と高視聴率からのスタート。
10月24日、ビシバシステムによるコント企画の放送開始。
1997年
1月6日、オーストラリアにおいて初の海外ロケ収録。
3月6日、『雅楽戦隊ホワイトストーンズR』スタート。
3月13日、コントの放送を終了(全6回)。この回が番組史上最低視聴率(1.5%)を記録した。
7月、北海道内で午前に番組の再放送を行う。
10月、番組1周年を機に、アーティストインタビューやドラマ『雅楽戦隊ホワイトストーンズR』をすべて終了(一部企画はドラバラ鈴井の巣に移籍継続)。鈴井・大泉の旅企画を中心にした現在の形が確立する。
1998年
4月、番組放送時間が深夜から11時台に繰り上げられ、同時間帯の『ネオバラエティ』水曜枠は繰り下げとなる。以後『大相撲ダイジェスト』の放送期間中は休止となり、番組のクオリティーを確保しやすくなる[12]。
12月2日、海外企画第6弾目の「アラスカ半島620マイル」で放送回数が100回を突破。
1999年
1月5日、番組を再構成した再放送番組『どうでしょうリターンズ』の放送を開始。順次全国に番組販売の形で放送される。
4月、「釣り企画第2弾 氷上わかさぎ釣り」からSUBARUが提供メインスポンサーとなる(レギュラー放送終盤まで)。
12月8日、「ヨーロッパ・リベンジ」最終夜にて番組最高視聴率18.6%(レギュラー放送時代の最高記録)を記録。
12月15日、初のゴールデンタイム進出。「サイコロ6 ゴールデンスペシャル」を放送。同日には30時間に渡って生放送の告知CMを放送した。
2000年
7月、鈴井の映画制作(『man-hole』)を考慮し、レギュラー放送を2001年1月末まで休止。
11月29日、藤村・嬉野の製作、TEAM NACSの主演によるドラマ『四国R-14』を放送。
2001年
2月7日、レギュラー放送復活。
11月7日、海外企画第10弾目の「ユーコン川160キロ」で放送回数が200回を突破。
2002年
7月24日、レギュラー放送終了と「一生どうでしょうします」宣言を発表。
9月4日、この日を最終回としていたが、編集作業の結果尺が伸びたことに伴い「全6夜のうち、ただの第6夜」となる。
9月25日、番組最終回1時間スペシャル。レギュラー放送最終回。
2003年
3月、番組を再編集・再構成したDVD作品『水曜どうでしょうDVD全集』第1弾を発売。オリコン初登場5位を記録。
8月5日、『HTB開局35周年記念特別番組 onちゃん夢パワー大冒険!』に鈴井・大泉が登場。
10月10日 - 19日、『北海道テレビ開局35周年記念 水曜どうでしょうpresents 藤村忠寿・嬉野雅道×TEAM-NACS 水曜天幕團旗揚げ公演2003 蟹頭十郎太』上演。
2004年
5月26日、北海道テレビにて復活第1弾「ジャングル・リベンジ」放送開始。全7夜。
7月14日、『水曜どうでしょうClassic』放送開始。北海道テレビが所属するANNのキー局・テレビ朝日にて初めて当番組を放送(「ジャングル・リベンジ」)。
10月28日、北海道厚生年金会館にて、「祝 水曜どうでしょう8周年&銀のエンゼル キックオフ そして…ミスター大壮行会」開催。
2005年
10月14日 - 16日、番組開始9周年を記念し、過去最大の大型イベント「水曜どうでしょう9th presents 祭 UNITE2005 in Sapporo Makomanai Arena & Stadium」開催。
10月19日、北海道テレビにて復活第2弾「激闘!西表島」放送開始。全8夜。
2006年
9月29日 - 10月9日、番組10周年記念イベント「水曜どうでしょうEXPO 渋谷パルコ小祭」を開催。
2007年
1月17日、北海道テレビにて復活第3弾「 ヨーロッパ20ヵ国完全制覇 〜完結編〜」放送開始。全9夜。
4月4日、福井テレビジョン放送で『Classic』放送開始。福井で放送が始まったことにより、すべての都道府県が何らかのシリーズを放送したことになり、『水曜どうでしょう』は文字通り全国制覇を成し遂げた。放送免許上は徳島県と佐賀県を放送地域とする放送局(四国放送、サガテレビ)で放送されていないが徳島県は朝日放送か瀬戸内海放送、佐賀県は九州朝日放送か熊本朝日放送[13]で事実上視聴可能となった。
7月1日、初の海外放送として『Classic』がアメリカ・ロサンゼルスのユナイテッド・テレビジョン・ブロードキャスティング・システムで放送開始
8月7日、鳥取県内で「原付西日本制覇(第2夜)」が放送された際、このロケで鳥取砂丘の砂を採取したことが自然公園法で禁じられた行為であったことが地元の視聴者により指摘され発覚。新聞等で報じられた。北海道テレビはウェブサイト上で謝罪コメントを発表。また、8月10日の公式サイトには藤村・嬉野の連名で謝罪コメントが掲載された。8月23日に環境省近畿地方環境事務所から文書にて厳重注意を受けたことをウェブサイト上で発表。砂の採取に関しては特に注意はなかったものの、砂丘に番組名を大書したことが規定違反であると明かされた[14]。
この年は「そのうちに作ればいい」と思う間に年が暮れてしまったため、レギュラー放送終了後初めて新作が製作されなかった。
2008年
9月7日、D陣に持ち込まれた『歓喜の歌』ドラマ化の話を四宮康雅らと共に製作。主演は大泉が担当し、「HTB開局40周年記念番組」として全国ネットで放送。
2009年
3月21日、NHKの『日本の、これから 放送記念日特集「テレビの、これから」』に藤村が出演。
4月6日、BS朝日で『Classic』放送開始。衛星波での放送により、日本全国で視聴できることとなる[15]。
4月29日、北海道テレビで『Classic』再放送開始。
5月8日、テレ朝チャンネルで『Classic』放送開始。
10月7日、北海道テレビで慣例的に継続されていたネオバラエティ水曜枠の繰り下げが終了し[16]、枠交換の形で木曜日0:15(水曜日深夜)開始に変更。以降は新作放映時のみ23:15スタートとなる。
11月11日、『水曜どうでしょう放送事典』を発売。
12月19日、嬉野・四宮企画、藤村演出、安田主演のドラマ『ミエルヒ』が、北海道テレビで放送。翌年1月まで順次テレビ朝日系各局でも放送。
2010年
1月31日、『Classic』が台湾の國興衛視で海外放送開始。
3月24日、『DVD全集』第13弾を発売。予約期間中、予約枚数が予約発売予定枚数の上限に達したため、予約が繰上終了するという事態が発生する。
7月25日、ワンダーフェスティバルにユニオンクリエイティブと共同で「水曜どうでしょうフィギュア専用ブース」を出展。藤村・嬉野も参加。
9月21日、翌日の『DVD全集』第14弾発売を記念し、藤村と嬉野によるUstreamでのトークショーを開催。
2011年
3月2日、北海道テレビにて復活第4弾「原付日本列島制覇 東京−紀伊半島−高知」の放送開始(全12夜)。各話、北海道での放送直後にインターネット有料配信を実施[17]。
3月16日、藤村がWEBサイト上の日記において、2回目となる「どうでしょう祭」の開催を表明。
2012年
4月2日、HTBonデマンドにて配信開始。配信内容は復活第4弾と、『Classic』4作(「原付ベトナム縦断」、「ジャングル・リベンジ」、「激闘!西表島」、「ヨーロッパ20カ国完全制覇〜完結編〜」)、外伝1作(「ビシバシステム」傑作選)の6作[18]。
2013年
2月20日、ビデオマーケットにて配信開始。配信内容は2011年最新作(「原付日本列島制覇」)と、『Classic』4作(「原付ベトナム縦断」、「ジャングル・リベンジ」、「激闘!西表島」、「ヨーロッパ20カ国完全制覇〜完結編〜」)の5作。
4月9日、約3年ぶりとなる新作の旅がスタート[19]。4月20日、旅が終わり帰国。2007年以来の海外企画ということが明らかになった[20]。
9月6日 - 8日、2005年以来となる大型イベント「水曜どうでしょう祭 UNITE2013 in Sapporo Makomanai Arena & Stadium」開催。
10月2日、北海道テレビにて復活第5弾「初めてのアフリカ」放送開始(全13夜)。各話、北海道での放送直後にインターネット有料配信を実施[21]。
2014年
8月1日 - 17日、東北6県にてグッズ販売会の「水曜どうでしょう TOHOKU CARAVAN」を開催。新グッズ及び2013年に行われた「水曜どうでしょう祭り」で作りすぎたグッズ&大人の事情にて販売出来なかった物をこっそり販売と銘打ったイベントとして、藤村及び嬉野の撮影会を合わせた企画。タイアップとしてニコニコ動画での生放送及び、対決列島一挙放送を実施。
2015年
7月24日 - 8月9日まで、昨年の東北6県に新潟県も加えて「水曜どうでしょう TOHOKU CARAVAN2015」を開催。タイアップとしてニコニコ動画での生放送及び、サイコロの旅一挙放送を実施。
2016年
3月30日、DVD第24弾「ユーコン川160キロ〜地獄の6日間〜」の発売を記念して、スペシャル番組「新作DVD第24弾発売記念スペシャルトーク 水曜どうでしょうを語ろう」を北海道ローカルで放送[22](その後順次全国各局でも放送)。番組開始から20年目にして初めてのスタジオトークでの収録となり、鈴井・藤村・嬉野とゲストとしてどうでしょうファンである俳優の渡辺いっけい[23]が出演し、番組の裏話や魅力について語り合ったほか、大泉もVTR出演した[24]
7月29日 - 8月14日まで、東北6県・新潟県・栃木県・群馬県・長野県・富山県で「水曜どうでしょう DODESYO CARAVAN2016」を開催。タイアップとしてニコニコ動画での生放送及び、闘痔の旅・韓国食い道楽の旅・サイコロ4の一挙放送を実施。
2017年
1月8日 - 1月9日、約4年ぶりとなる新作を撮影[25]。
9月6日 - 24日まで、東北6県・新潟県・茨城県・千葉県・山梨県・静岡県で「水曜どうでしょう DODESYO CARAVAN2017」を開催。タイアップとしてニコニコ動画での生放送及び、「初めてのアフリカ」の一挙放送を実施。また最終日の静岡開催において藤村から新作が2018年放送予定である事が発表された[26]。
2018年
7月12日 - 29日まで、「水曜どうでしょう DODESYO CARAVAN2018」を開催。今回は初めて兵庫県から東北方向へ向かうルートとなった。タイアップとしてニコニコ動画での生放送及び、「ヨーロッパ21ヵ国完全走破」の一挙放送を実施。また、最終日の岩手開催では同日に札幌で行われた『CUE DREAM JAM-BOREE 2018 -リキーオと魔法の杖-』会場に中継を繋いで藤村と嬉野がサプライズ出演、大泉に旅に出ることを告げ、新作ロケに出ることが発表された[27]。8月1日には公式サイトの日記及びOFFICE CUE公式サイトの「CUEダイアリー」の鈴井・大泉によるエントリーで旅に出たことを明らかにした[28]。
2019年
1月2日 、新作の編集を開始したことをテレビCMにて発表。
2月18日 、藤村と嬉野がYouTuberデビューを発表。チャンネル名は『藤やんうれしーの水曜どうでそうTV』で、開設からたった1日でチャンネル登録者数が10万人に達した。
10月6日 - 8日、6年ぶりとなる大型イベント「水曜どうでしょう祭 FESTIVAL in SAPPORO 2019」をさっぽろばんけいスキー場で開催予定[29]。
水曜どうでしょうシリーズ
1999年1月に開始された「再放送版」の『どうでしょうリターンズ』は、全国テレビ局に販売され放送された。北海道テレビでは『どうでしょう』本放送の一時中断後、同枠に『リターンズ』を移動し放送していたが、2002年4月に「原付ベトナム縦断」までの放送を終えて番組を終了する。その後2004年の新作「ジャングル・リベンジ」放送を経て、「再々放送版」となる『水曜どうでしょうClassic』が第1回から放映開始された。なお、北海道テレビ同様に各ネット局でも『リターンズ』終了後には『Classic』が開始されているが、北海道テレビでの『Classic』開始(2004年7月14日)以降新たに『どうでしょう』を放送開始した局は、『リターンズ』ではなく『Classic』の第1回から放送開始となっている。

なお、どちらとも「初期企画」については放送されない。それ以外についても各々の放送局の判断、北海道テレビの意向により放送されない企画がある(主に「大泉の拉致」「パブリシティに関わる」企画など)。

北海道テレビは新作放送について『リターンズ』『Classic』の放送枠の中で放送するため、この間再放送は一時中断する。他の放送局もこの方法を採るところが多い。

どうでしょうリターンズ
1999年1月5日 - 2004年5月5日放映、全209回。
『どうでしょう』の再放送版。当初は火曜日深夜のみの放送だった。

放送枠
23時台に放送時間を変更した1998年4月以降の『どうでしょう』は、キー局のテレビ朝日が『大相撲ダイジェスト』を放送する奇数月のみネオバラエティ枠を休止する制度を同時に取り入れ、そこに編集作業などを充てるスケジュールを編成していた。しかし、1999年4月改編でテレビ朝日が制度を廃止し、『大相撲ダイジェスト』の後にネオバラエティ枠の番組を30分繰り下げ放送するタイムテーブルへ変更。それに伴ってD陣から「番組制作をしていく上で定期的に休みが欲しい」という要望が出たことで、夏場所以降の改編に合わせて、5月12日から隔月で番組を2週間休止させる代わりに『リターンズ』が休止中の『どうでしょう』の枠に昇格した。これは『大相撲ダイジェスト』がネオバラエティ枠より遅い時間帯へ変更された2000年4月の改編後も続けられ、同年7月に鈴井が映画製作のため番組を休止した際も「休暇中の穴埋め番組」として放送された(『四国R-14』の放送期間中を除く)。
なお、『リターンズ』は水曜日の『どうでしょう』枠と併せて金曜日深夜にも放送されていたため、当該月は原則週2回の放送となったが、2002年4月2日から再び火曜日深夜のみの毎週放送へ戻る。『どうでしょう』本放送終了の翌週である2002年10月2日からは、正式な“後番組”として『どうでしょう』の枠に移動。後述の『Classic』開始まで放送されることとなる。
内容
タイトルは前述の通り火曜日放送だった時代の名残りであるほか、それに伴い水曜日の放送を前提としていないことから「なぜ水曜ではないのに番組名に“水曜”と入っているのか」という指摘・批判を避けるため「水曜」を外し、『どうでしょう』の名称のみを使用している(番組内の呼称は『水曜どうでしょう』で統一)。そのため、タイトルバックの文字も「Do you know? how do you like wednesday?」(水曜どうでしょうを知っていますか?)へ変更された。
本放送との主な違いは、企画の案内・紹介などの追加のほか、本放送当時に拡大放送された回は30分に収まるよう分割および再構成がされていること。放送される企画は「日本全国サイコロの旅(サイコロ1)前編」から「原付ベトナム1800キロ第8夜」(本放送時の再編集)まで。2003年に放送されたDVD発売特番、以降の新作は放送されない。本放送と同じVTRソースを使用しているため、実質的には「『Classic』よりも本放送の再放送」であるが、エンディングテーマとして樋口了一「1/6の夢旅人」(『リターンズ』後期では「1/6の夢旅人2002」)が使用されている。
番組をよく知らない視聴者への説明役として、安田が前枠・後枠に出演(肩書きは「どうでしょうナビゲートあんちゃん」。略称は「DNA」)し、出演者や企画についての説明を行っている。これは、本放送当時に前・後枠でイベントや視聴者プレゼントの告知の放送や、番組最後にエンディングテーマとしてアーティストのプロモーションビデオなどを放送していたため、その差し替えとして放映された。安田によって読み上げられるナビゲートは鈴井・森崎の台本によるもの。初期はシリアスな口調で企画内容の説明を行うのみだったが、中期以降は扮装や大食いなどの趣旨と関係のない行動が増えていった。また、「DNA」の肩書きも中期以降は特別表記されなくなったほか、本放送時の前枠・後枠をそのまま放送する傾向が増えたため、後期になるにつれ出演は減少している。ごくわずかの最初期には鈴井・大泉が出演し、企画の感想や当時の思い出などを放送回の補完として語るVTRも放送された。
2009年1月、全国で最後まで『リターンズ』を放送していた琉球朝日放送が放映回を全て消化し、『リターンズ』の放送は消滅することとなった。
水曜どうでしょうClassic
2004年7月14日 - 2009年4月22日、2013年5月22日‐2013年8月14日 全230回。
全ての放送を終えた『リターンズ』の後釜として、2004年の新作(ジャングル・リベンジ)を挟んで開始された「再々放送版」。こちらも『どうでしょう』の再放送版ではあるが、『リターンズ』との大きな違いは「オリジナルソースからのデジタルリマスタリング製作」「できるだけ完全な形での再放送」「D陣(主に嬉野)による再編集」の3点で、初期の企画については、2002年1月以降の本放送から導入されたフォントで新たにテロップの挿入も行われている。タイトルは番組名の広まりに鑑みて、必ずしも水曜日放送とは限らないが『水曜どうでしょう』[30]の名称を用いた。また、当初放送が水曜日ではなかったネット局でも、放送曜日を調整し水曜日に変更した局も複数ある。代表的な例として、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)においてはそれまでの月曜日放送から水曜日へ移動された[31]。

放送される企画は「サイコロ1(本放送時の再編集)」から「原付ベトナム1800キロ第8夜(本放送時の再編集)」、およびDVD発売特番を除いた「2004年以降の新作」まで。テーマソングは『リターンズ』後期と同じく「1/6の夢旅人2002」。2004年以降の新作は放送され次第ラインナップに順次追加されており、「現時点での新作を再放送した時点で、再び『サイコロ1』から放送を始める」システムが取られている。また、『リターンズ』と同様に30分枠で収まるよう再構成が施されているが、『リターンズ』ではカットされた本放送時の前枠・後枠、また後枠での告知や視聴者プレゼントなどのお知らせなどは、「当時の雰囲気を再現するため」にテロップでの注意や但し書きを挿入した上で放映。再編集で2夜に分割された回など、どうしても放送できない前枠・後枠には新たに撮影した映像がインサートされる。

撮影当時はあまり問題とはされなかった一般人の映像も、肖像権や個人情報保護の観点から問題とされる場合もあり、ネット配信やソフト化の障害にもなり得るため、空港やバス車内・街中などで周囲に映る一般人の姿や、車での移動中に前方車窓に映っていた車のナンバープレートなどがぼかし処理されるなど、『リターンズ』までは施されていなかった画像処理が『Classic』から行われるようになった(特に「対決列島」以降の企画における映像)。ただし、「北海道212市町村カントリーサインの旅2」など、出演した一般の人物が企画構成上で必要不可欠な場合には、本人に対して許可を取った上で放送している。また、挿入歌、音楽(BGM)も権利関係から差し替えているケースが存在したり、映像・画像などが著作権の関係で一部ぼかし処理・モザイク処理もされている(ソフト化を円滑に行うための処理であるが、DVDでは放送時に未処理の部分にも処理が施してあるケースがある)。

公序良俗に反している場面があるもの、企画が大泉や安田などの「拉致」から始まるものなど、様々な理由から『リターンズ』では放送された企画でも『Classic』では放送されないケースがあり、一部の「総集編」も放送されていない。また、一度放送された企画でも放送局の都合で放送されなくなったケースもあり、「クイズ!試験に出るどうでしょう」や「原付西日本制覇」に関しては前の放送回にて製作局側によってさらに編集が加えられている。

2009年4月22日には北海道地域で「ヨーロッパ20ヶ国完全制覇」の最終回を放送し、既存の作品はすべて『Classic』での放送が終了した。その次週から再放送として「2周目」に突入して「サイコロ1」から再び放送を開始したが、同様の措置を取る地域も多い。また2周目からは2011年の新作「原付日本列島制覇」が『Classic』として新たに放送されるようになった(こちらは再放送扱いではない)[32]。3周目の放送では2013年の新作「初めてのアフリカ」が『Classic』として新たに放送された。北海道では2018年3月22日から4周目の放送が行われている。

『水曜どうでしょう』としての再放送
1997年7月8日から2週間の間『水曜どうでしょう』として朝の時間帯に再放送された。この再放送は番組の歴史の中でも唯一『水曜どうでしょう』原形そのものが再放送された例である。朝のドラマ再放送の時間帯に放送するドラマがないので「とりあえず“どうでしょう”を流そう」ということだったらしい。これは1997年6月18日の「宮崎シーガイア・第二夜」の後枠で告知され、この時、この放送のため新たに収録された前枠・後枠では、鈴井が頻繁に『のりゆきのトークDE北海道』(当時の裏番組)のタイトルを連呼していた。また第2回目の後枠では放送日が水曜日だったこともあり、その日の本編(「サイコロ韓国食い道楽の旅」の第1夜)の告知も行われた。この時放送されたのは「サイコロ1」「粗大ゴミで家づくり」「闘痔の旅」「サイコロ2」「サイコロ3(前編のみ)」で、エンディングテーマは藤村がほぼ同世代である「奥様」に向けた1980年代の洋楽を中心に選曲された[33]。

また、北海道テレビと同じテレビ朝日系列局のメ〜テレ(中京広域圏)も、2011年8月1日から3週間、2011年新作の再放送を行っていた(初期のものではないが、上記のものとは「朝に放送」「Classicなどの冠が付いていない」という共通点がある)。これは同局が夏休み期間中に限って『ワイド!スクランブル』を11時台からネットするため、30分の枠が確保可能となったことにより放送されたものであるが、このような措置は異例中の異例である。

インターネット配信
インプレス運営の「インプレスTV」において、2002年以降の本放送分が『水曜どうでしょう』として配信されていたが、2008年9月30日にインプレスTVがサービスを終了し、同時に番組の配信も終えている。
北海道テレビの動画配信サイト「南平岸 ユメミル広場」にて2002年以降の放送分、並びに2004年以降の最新作が配信されていたが、2009年9月30日に有料配信を終了。その後は無料分のみ視聴可能である。
同じくHTB運営の「HTB 北海道 onデマンド」においては、「サイコロ」シリーズを始めとする初期企画を中心としたレギュラー企画に加え、2004年以降の新作が有料配信されている。また、最初期に放送されたビシバシステムによるコントも「傑作選」として一部を公開している。
動画配信サイト「viena」においても2002年分以降の放送分が配信されているが、サービス縮小に伴い2009年11月27日をもって配信を終了することが発表された。
前枠・後枠
番組の前後に挿入されている前枠(まえわく)と後枠(あとわく)。レギュラー放送時は毎週木曜日に撮影していた[34]。当初はいろいろなところで撮影する計画で、初回の放送は北海道札幌市の円山公園で収録。その後もロケ先の宿泊地や局内の空いているスタジオや大道具室などで収録していたが、「東京ウォーカー」第3夜以降は平岸高台公園での撮影が常態化され(一部回はロケ先など)、「北極圏突入 〜アラスカ半島620マイル〜」第3夜以降は現在の“定点観測”に近い撮影方法となった。また、数本を撮り溜めするため、放送時期が春になろうと収録したのが冬ならば雪景色の映像が流れる。

基本的に出演するのは鈴井・大泉のみであるが、TEAM NACSのメンバーや「アーティストインタビュー」に出演した堂島孝平(たまたま北海道に来ていた)、猿岩石(サイコロ2前編)[35]が出演したこともある。

初期はモノクロに一部カラーの画面に「How do you like wednesday?」の文字を載せ、鈴井・大泉が前述のようにいろいろな場所で企画の感想などを語っていたが、番組開始から1年を過ぎたころに放送された「ヨーロッパ21ヶ国完全制覇」あたりから(編集するのが面倒になったため)フルカラーで鈴井が企画内容・前回までのおおまかなあらすじを説明し、大泉はあまりしゃべらずあまり意味のない(ときには企画とも一切関係ない)扮装をするようになった。番組が11時台の放送になるころから鈴井・大泉がそれぞれ、または一人が扮装するというスタイルが確立し、どうでしょうの人気コーナーとなる。

スケジュールの都合により鈴井・大泉それぞれ1人で前枠を行う回もあったが、その後、長い間「説明鈴井・扮装大泉」というスタイルが続いた。しかし、「日本全国絵ハガキの旅」の前枠において旅人の中年男性にセクハラをされる女将姿に女装した鈴井がノリノリで女装したり、雪面にダイブしたりしたことからほぼその企画を境に「扮装の鈴井・説明の大泉」が前枠・後枠のスタイルとなっていった(後に一連の流れを称して「鈴井・前枠クーデター」と呼ぶこともある)。

なお、平岸高台公園の場合、前枠・後枠撮影中でも遊んでいる子供や通りがかった人も収録し、放映される。また、カメラマン・音声・D陣・小松などの影が見切れることが多々ある。大泉は「(撮影中だから人の流れを)止めたりしないのか?」と苦情を述べたほか、扮装した際、近くにいた子供を追い回して泣かせたことがある(この時はさすがに大泉も「ゴメン、ゴメン」と謝っている)。

収録は本職のカメラマン・音声スタッフなどが参加しており、嬉野は雑用などを、藤村はモニタで収録されている映像を確認している(藤村は実際に鈴井・大泉が動いている所は確認せず、必ずモニタを通して見るようにしていると語っている)。

『Classic』ではオリジナル版の前枠後枠を可能な限り使用しているが、どうしても使用できない場合や企画などが編集によって1週増えた場合のみ鈴井・大泉が出演する『Classic』版前枠・後枠が追加される。最初期の企画に関しては2004年放送の「ジャングル・リベンジ」(前枠・後枠)と同じ衣装であるほか、その他企画ではHTBのスタジオ内で収録が行われた。

主なキャラクター
前枠・後枠に登場するキャラクターの扮装は主にスタイリスト小松が持ってきたり、作ったり、パチンコで取ったりしたものである。また、本編、総集編でもキャラクターが登場する。ここで登場するキャラクターはグッズとして商品化されることもある。

ペンギン(鈴井)とオオカミ(大泉)(第1弾。サイコロ1、ビデオ第1弾「サイコロ1完全版」 『Classic』版はキャラクター登場なし)
青空シンク・タンク(オーストラリア縦断・サイコロ韓国。コンビ漫才を披露した。名前にもなっている「シンクタンク」は、企画の際に利用した旅行代理店の名前)
青タイツ(鈴井)・茶タイツ(大泉)(DVD第2弾「サイコロ1/粗大ごみ/闘痔の旅」、2005年新作「激闘!西表島」第1夜前編。ペンギンとオオカミのタイツのままでシンク・タンクのキャラに扮したことによる)
青タイツ・茶タイツ・黄タイツ(安田顕)(トリオ・ザ・タイツ)(激闘!西表島 第1夜後編以降。茶タイツさんが師匠で、青タイツさんが一番弟子、黄タイツが新しく入った二番弟子らしい)
3人が履いている靴は、スタイリスト小松がどうでしょう本の企画で韓国にて購入した革靴。
ダジャレ好きの奥さん(鈴井)と八百屋(大泉)
アメリカの有名人 私は誰でSHOW(大泉はケント・デリカット[36]に扮する。鈴井はエマニエル坊や、サンコンさん、Mr.ビーン、ジョイナー、ミッキー(マウス)に扮した)
バンジョー兄弟(鈴井が兄のバンジョー玉三郎で大泉が弟のバンジョー英二、ユーコン160km)※友情出演・ヌオウ ユーコン第4夜では、ポンチョ兄弟になった(雨天バージョン)。
W秀樹(DVD第3弾「サイコロ2」)
機長(大泉)と鈴ぴょん(鈴井、スチュワーデス)
白雪姫、アリとキリギリス、ウサギとカメ等(ヨーロッパ・リベンジ)
西川きよし(四国八十八ヶ所III・日本全国絵ハガキの旅2。西川きよしびっくり劇場)
板東英二(日本全国絵ハガキの旅2。板東英二びっくり劇場)
CUEレンジャー(鈴井)・怪獣ウラバングミ・お兄さん(大泉)(サイコロ6、30時間テレビ。CUEレンジャーの名前の由来は鈴井と大泉が所属しているCREATIVE OFFICE CUEから)

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